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『鍵泥棒のメソッド』感想〜記憶喪失者のメソッド演技法によるリサーチと感情の差異的な追体験

鍵泥棒のメソッド

鍵泥棒のメソッド

 『鍵泥棒のメソッド』といえば『邦キチ!映子さん』の部長が挙げる「洋画好きの間でさえ話題になった良作」として挙がる作品であり、このリストにも共通する細かい伏線が回収されていく舞台劇のように練られた脚本が自分の好みにも合った。現在のところAmazon Prime Videoでお金を払えば無料だ。

銭湯で倒れ記憶を失った男に出くわした、貧乏役者・桜井。出来心から彼になりすますことにしたが、なんとその男は伝説の殺し屋・コンドウだった!桜井は大金の絡んだ危ない依頼を受け、大ピンチに。一方、記憶を失い自分を桜井だと思い込んでいるコンドウは、婚活中の香苗から逆プロポーズを受ける!

 借金だらけの売れない俳優桜井(堺雅人)と記憶を無くした絶対に死体が発見されない伝説の殺し屋コンドウ(香川照之)の半沢直樹コンビに婚活中の編集者香苗(広末涼子)が絡むという豪華キャスト。

銭湯のロッカーの鍵は大切

 コンドウが銭湯で転んだ際に近くに落ちたロッカーの「鍵を泥棒」して荷物をすり替える。一通りのお金や車を使ってから荷物を返そうとコンドウが入院している病院に訪れると、記憶を無くしていて、すり替えられた桜井の荷物を見て自分を桜井だと思い込んでいる。

 それを知った桜井は金回りの良いコンドウに入れ替わるのだけど、実はコンドウは伝説の殺し屋。その一方で婚活中の雑誌編集者の香苗は「逆ナンパをしてみるのも」などと書かれた本をまにうけて病院から帰ろうとするコンドウを桜井のボロアパートまで車で送っていったらという筋書き。

 桜井が躊躇なく財布や車の鍵を泥棒する時点で小心者だが善人といった像がいきなり崩れる。ついでにリモートコントロール式のカーキーは車の所有者でなくても鍵の開いた車を奪えてしまうので相対的にセキュリティが低いという気づき。ここで鳴る車の警報機が以降も胸の鼓動のメタファーとして機能する。最初は驚きとして、最後はときめきとして。

アルバイトと結婚相手に求めるのは「健康で努力家」

 入れ替わりの二人だけでも話が成立するのだろうがそれに絡んでくる香苗のキャラクターが異色である。雑誌の発売日を決めてからスケジュールを組み直すように、最初に結婚式の日取りを決めて相手はこれから作りたいと宣言する。先に日取りを決めた理由として父親の病気などが挙げられていくが、「やると決めてできなかったことはない」から。だから結婚できないと諭されるのだけど。

 スマートフォンに表示された写真に「あり」「なし」とスワイプして合コン相手を決めていくのはマッチングアプリを彷彿とさせつつ、こだわりがあるのは「健康で努力家」であることのみ。それはアルバイトの募集要件としても挙げたことだ。

 キッチリとこなしすぎるが故に敬遠されてしまう編集者像として『忘却のサチコ』を想起しつつ、眼鏡をかけた広末涼子が無表情に突拍子もないことを言ったり、恋愛要素を出したり、理不尽な展開を受け入れていく所に面白みがある。ポスターを見た段階だと、堺雅人広末涼子の話になると思っていたが良い意味で裏切られる。

入れ替わり系の脚本に演技の必要な「役者」が合う

 片方が「役者」で、片方が「アウトロー」の入れ替わりが起こる脚本構成としてはセガサターンソフトの『街 〜運命の交差点〜』がある。

The wrong man 牛」
脚本:山崎修
ヤクザから足を洗った牛尾政美は、宝石店の店員高峰綾にプロポーズをするため宝石店に足を運ぶ。しかし、その宝石店で元舎弟の孤島三次が宝石強盗を働き、偶然居合わせた牛尾は共犯者と間違われてしまう。しかも逃走した先では自分と瓜二つの容貌の役者の馬部甚太郎に間違えられ、一時しのぎのため芝居をする羽目になる。

「The wrong man 馬」
脚本:山崎修
馬部甚太郎は売れない役者である。テレビドラマで初めて大役が舞い込んでくるが、今まで演じたことのない役柄であったことから、うまく演じられず自信をなくしていた。そんな時逃走中の宝石強盗犯、孤島三次に自分と瓜二つの容貌であった牛尾政美と間違えられたため、馬部は仕方なしにヤクザの世界に足を踏み入れることになる。もし元ヤクザの牛尾を演じ切れず、NGを出したら命は無い。三流役者馬部の人生最悪の3日間が始まる。

 『街』においては瓜二つという無理がある設定になっていたが、『鍵泥棒のメソッド』ではコンドウが「伝説の殺し屋」としての素顔や素性が明らかになっていないからこそ成立する。「伝説の殺し屋」についても種明かしがあるのだけど、危ない橋を「演技」で渡っていく構成はいかにも劇団員的な自己言及を感じたりもする。

メソッド演技法によるリサーチと感情の追体験

 売れない役者として現場に入ったコンドウがチンピラ役の演技を褒められたところから本格的に演技を学ぶ。ここでタイトルにもある通り、ストラスバーグの「メソッド演技法」が参照されているのだけど、メソッド演技法の提唱する「担当する役柄についてのリサーチと感情の追体験」が桜井の入れ替わりにも、記憶を失ったコンドウにも必要となっていた。

 役者としての演技論を学んだり、記憶をなくす前の自分自身(桜井の痕跡)を必死にリサーチする姿を見ていた香苗は「健康で努力家」なところを見出して「これから好きになれるかもしれない」とプロポーズを申し込むのだけど、コンドウは自分のリサーチ力や演技力は他人を欺くためのものだったと全てを思い出す。

 その一方で、いくらリサーチしても吸えないままのタバコや記憶を無くしてから出会った香苗への自分自身の感情に思い至ると「鍵泥棒のメソッド」というタイトルの秀逸さを感じる。記憶喪失によって自身と思い込んでいた他者へのリサーチと感情の追体験をせざるを得なかったからこそ、本当の身体性や精神性を差異的に認識できたのだ。

伏線がきっちりと回収されていく気持ちよさ

 桜井が元カノにお金を返そうとした際に当時の写真をもらったり、相手が新しい相手と引っ越し中であることを知ったりすること。香苗の担当は一流のものを特集する雑誌で「健康で努力家」を求めている。コンドウが「絶対に死体が発見されない伝説の殺し屋」と呼ばれる訳。そして大家さんに猫を飼っていることを通報されたくない女性などなど、多数の細かい伏線が別の場所でしっかりと絡み合って回収される気持ちよさ。

 『桐島、部活やめるってよ』が最優秀作品賞になった第36回日本アカデミー賞において最優秀脚本賞に輝いただけのことはある。もちろん、伏線が回収されるだけで面白いわけではないのだけど、決して多くはない登場人物たちによる突拍子もない展開のひとつひとつに必然性が生まれる心地よさ。そんなわけで軽く観るのにおすすめの映画だ。