太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

攻撃目標となったVPNの城壁から、確信度をリアルタイムにその場限りで精算するゼロトラストへの転換

ゲーテッドコミュニティとしてのVPNが攻撃目標になる

仕事に取りかかろうとして専用クライアントを立ち上げ、一度VPNの接続が確立してしまえば、社内のファイルサーバーから開発環境、業務データベースまで素通しでアクセスできる。プロジェクトが始まると「御社の接続元グローバルIPを教えてください、ファイアウォールに穴を開けておきますので」というやり取りが今なおB2B取引の挨拶のように交わされる。

リモートワークの社員全員が固定IPを持つはずもなく、オフィスの出口IPや共有VPNのIPを登録して書類上の体裁を整える儀式だ。長らく企業のネットワークを支えてきた境界防御モデルは、「内側は安全、外側は危険」という性善説の上に築かれたゲーテッドコミュニティだった。しかし現在、その守りの要であったはずの壁は、攻撃者にとって最も効率のよい攻撃目標へと反転している。

ちなみにイギリス映画の『ショーン・オブ・ザ・デッド』の場合はパブに立て籠もって速攻で破壊されるし、同じアメリカ映画でも『ミスト』の場合はスーパーマーケットであり、店舗入り口にある壁一面のガラスが割れるシーンがあったりして、堅牢性に疑問を抱かせて不安を高める演出が描かれている。堅牢性を高めた「壁」への信仰と、それが崩れてしまった混沌は『ランド・オブ・ザ・デッド』によるゲーテッドタウン化や、それをファンタジーに置き換えた『進撃の巨人』などで描かれている。

かつてゾンビ映画のゲーテッドタウンや諫山創『進撃の巨人』における「壁への信仰」について書いたことがあるが、ファイアウォールとVPN機器で社内網を囲い込む企業のイントラネットも構造はよく似ている。社員は一度ゲートを通過すれば、内部では検問なしで別セグメントまで歩き回れる。内側は外からの直撃を受けない前提で作られているため、内部通信の暗号化や細かなアクセス制御は甘くなりがちだ。その結果、全トラフィックを集約してインターネット上にポートを開けて待ち構えるVPN機器は、攻撃者にとって「そこさえ突破すれば内部資産に届く都合のよい標的」になってしまうリスクに反転する。この点について、改めて自分の中で整理したい。

アサヒビールのVPN全面廃止とゼロトラスト移行

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計算主権を脅かす計画経済と化したサム・アルトマンのDRAM配分論とテクノクラートの腐敗なき中央集権のハルシネーション

世界のDRAMを4割買い占める側の配分論

OpenAIのサム・アルトマンが、Stripe共同創業者のジョン・コリソンがホストを務めるポッドキャスト番組『Cheeky Pint』に出演した際の発言が、PCハードウェア愛好家やエンジニアの間で議論を呼んでいる。世界的なDRAM不足やメモリ価格の高騰が続くなか、個人のPCに大容量のメモリを搭載しても、稼働時間のわずか5%程度しか使われておらず、残りの95%は遊休状態になっていると指摘したのだ。

アルトマンはこの状況を「世界的な資源配分(global allocation)の観点からして、かなりひどい(quite terrible)」と表現し、ローカル環境でオープンウェイトのAIモデルを動かそうとする動きに懐疑的な見方を示した。供給が逼迫している貴重なシリコン資源であるならば、個人の手元で大半の時間眠らせておくより、データセンターのクラウド基盤に集約し、24時間フル稼働させる方がリソースの利用効率として理にかなっているという論理である。

この発言に対して、自作PCユーザーやPCゲーマー、ローカルLLMを好む開発者コミュニティからは強い反発が巻き起こった。そもそもOpenAI自身が巨大データセンター計画に向けてSamsungやSK hynixと交渉し、世界のDRAM総生産量の約40%に相当する月間90万枚規模のウェハーを確保しようとして市場の逼迫と価格高騰を招いている張本人だからだ。メモリを買い占めている当事者が、ゲームや日常のマルチタスクのために手元のPCにメモリを積む一般ユーザーを指差して「配分としてひどい」と説教する無神経さに、強い違和感を覚えた人は少なくないだろう。

僕自身としては2024年頃にローカルLLMの量子化技術やMoE、ユニファイドメモリ。アーキテクチャなどの動向を見ながら、M4 MacBook Proの128GB全部のせを購入して活用している。当時としては狂人ムーブだったが結果として安い買い物だったと自賛しつつも、現実的な仕事にはClaudeやCodexが欠かせないのが現実だ。それでも僕は「計算主権」を手放したいとは思っていない。

世界にコンピュータは5つあれば足りるのか

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インクリメンタルゲーム化した現実世界における驚き屋ログとしての終末の過ごし方

サンドボックス内のナンセンスな爆発

遊星歯車機関がnoteで公開した長編の論考を興味深く読んだ。インクリメンタルゲーム(いわゆるクリッカーゲームや放置ゲーム)が辿ってきた四半世紀の系譜と、その根底にあるメカニクスを丹念に解きほぐした記事だ。

『Cookie Clicker』に代表されるこのジャンルのゲームは、一見すると不条理そのものに見える。最初は画面上のクッキーを無心でクリックするだけの単純労働なのだが、手に入れたクッキーでグランマを雇い、農場を開墾し、工場を建てていくにつれて、システムは自律的な生産ループへと移行していく。プレイヤーがマウスから手を離し、ブラウザを最小化して眠りについた後も、バックグラウンドでは数字が指数関数的に増殖し続ける。

その起源を辿れば、重厚なMMORPGを自動化して皮肉った『Progress Quest』や、ソーシャルゲームの単純作業をパロディ化した『Cow Clicker』のように、ネットワークゲームやソーシャルゲームへのカウンターであり、中毒的な進行ループという要素の純粋な蒸留でもあった。面倒な人間関係や張り付き労働を無効化し、ただ数字が膨張していく快楽だけを抽出する。

同記事の中で興味深いのは、初期の『IdleRPG』やKongregateのゲームがそうであったように、放置ゲームが「ゲームを真面目に操作したくないけれどチャットはしたい」という欲求から親しまれてきた歴史への言及だ。画面上で勝手に進行していく自律的なシステムを背景に据えながら、プレイヤー同士がそれを肴にチャットや雑談を交わす。インクリメンタルゲームとは、ブラウザという安全なサンドボックスの中で、数字が天文学的に爆発していく様を眺めながら、他愛のないリアクションを交わし合うナンセンスな遊戯であったはずだ。

現実世界という名の放置ゲーム

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