太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

『ドライブ・マイ・カー』感想〜赦すための怒りをやり過ごしてしまった絶望と悲しみを乗り越えずに受け入れる

ドライブ・マイ・カー インターナショナル版 [Blu-ray]

『ドライブ・マイ・カー』感想

舞台俳優であり演出家の家福(かふく)は、愛する妻の音(おと)と満ち足りた日々を送っていた。しかし、音は秘密を残して突然この世からいなくなってしまう。
2年後、広島での演劇祭に愛車で向かった家福は、ある過去を抱える寡黙な専属ドライバーのみさきと出会う。
悲しみと“打ち明けられることのなかった秘密"に苛まれてきた家福は、みさきと過ごすなかであることに気づかされていく――。

 『ドライブ・マイ・カー』を配信で観た。村上春樹の『女のいない男たち』内の短編を原作にしているし、周りの評判も良かったので観たかったのだけど、上映時間3時間に日和って配信になるまで待った。正直なところで導入部分は話が見えず、退屈に感じてしまったところもあるのだけど、アバンタイトル以降から流れる瀬戸大橋や広島の街並みなどの美しい風景に引き込まれていき、徐々に激しくなっていく情報の奔流が怒涛のように押し寄せてくる映画体験となった。エンターティメントとして面白く、語りたくなる部分が何箇所も出てくる。

 すぐに2回目を観返して導入部の意味合いが分かったり、原作やモチーフとなっている『ワーニャ伯父さん』を読み直したり、スクリーンショットをとりながら検証したりして多層的な理解を深めたりする受容体験は良くも悪くもポスト配信時代のものであった。長大な文章になってしまうことが想像されるが、ひとつひとつ語っていきたい。以下、ネタバレを含む。

赦すための怒りをやり過ごしてしまった罪を受け入れる

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冬野梅子『まじめな会社員』感想〜無難な真面目系クズは自分のランキングが低いとコロナ禍で自覚させられる問題

まじめな会社員(1) (コミックDAYSコミックス)

『まじめな会社員』の痛み

コロナ禍における、新種の孤独と人生のたのしみを、「普通の人でいいのに!」で大論争を巻き起こした新人・冬野梅子が描き切る! 菊池あみ子、30歳。契約社員。彼氏は5年いない。いろんな生き方が提示される時代とはいえ、結婚せずにいる自分へ向けられる世間の厳しい目を、勝手に意識せずにはいられない。それでもコツコツと自分なりに築いてきた人間関係が、コロナで急に失われたら…!?

 モーニング月例賞の奨励賞を受賞してWeb掲載されていた『普通の人でいいのに!』で爪痕を残した冬野梅子が連載を開始したことまでは認識していたのだけど、なかなか追えていなかった。ふと気が付けば単行本が2巻まで出ていたので一気読みして心が抉られた。ちなみに『普通の人でいいのに!』は2巻の巻末に特別収録されている。

定型文でない会話の嬉しさ

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石田夏穂『我が友、スミス』感想〜別の生き物になりたいからこそ意識させられるクラシックなジェンダー規範の檻と逸脱

我が友、スミス (集英社文芸単行本)

『我が友、スミス』感想

【第45回すばる文学賞佳作、第166回芥川賞候補作】「別の生き物になりたい」。筋トレに励む会社員・U野は、Gジムで自己流のトレーニングをしていたところ、O島からボディ・ビル大会への出場を勧められ、本格的な筋トレと食事管理を始める。しかし、大会で結果を残すためには筋肉のみならず「女らしさ」も鍛えなければならなかった――。

 書き出しにくる「火曜は脚の日だ。」の見事さ。筋トレ後の回復には2〜3日かかるため、毎日の筋トレ続けるためには部位を曜日ごとに分けて追い込むスプリット・ルーティンが必要となり、その中でもキツいのは身体全体の筋肉の半分以上を支配する脚を鍛える日だという筋トレあるある。

 あまり化粧気のない真面目な女性がボディ・ビル大会出場に向けて動き出すことで生まれる変化や葛藤を鮮やかに描く。少しでも筋トレを経験していると高揚感や挫折感やいちいち共感でき、やったことない人にもこんな世界があると見せてくれる言語化のディテールが面白い。

 ちなみに「スミス」とはスミス・マシンのこと。レールで軌道が固定されたバーベルはペア・トレーニングができない孤独なトレーニーにも安全で優しい。筋トレは独りでも黙々と出来るからこそ続けやすい趣味という側面があり、ジムで「こいつ、いつもいるな」と思うことはあっても話しかけることはない。スミスくんだけが友達である。

ボディビルという奇妙な競技

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