高解像度と超解像処理
もともとはこうした意味を持つ解像度という言葉が、昨今ビジネスでも使われるようになりました。「解像度が高い」「解像度が低い」「解像度が足りない」という風に使われ、文脈的には、物事への理解度や、物事を表現するときの精細さ、思考の明晰さを、画像の粗さや精細さのビジュアルイメージを想起させながら示す言葉として用いられるようです。
ここ数年ぐらいの話になると思うのだが、ひとつの流行り言葉として仕事中に「そこの解像度を高める必要がある」といった言葉が出てくる機会が増えてきている。課題感や儲かりそうなポイントを見つけても、その時点では当事者でさえ明確な言語化ができておらず考慮も足りないことがほとんどなので、ピントの合わない話をしてしまいがちだ。
テレビやカメラの解像度が高ければ高いほど、より鮮明で詳細な画像を見ることができるのと同様に、課題や機会の「解像度を高める」ことで、それらをより深く理解し、対処したり利用したりするための戦略を明確にすることができる。そのためにこそ仮説やアイデアがまだ曖昧である状態から、より詳細な調査や分析が必要となる。