やさしい MCP 入門
AI エージェント時代の標準規格 MCP(モデル コンテキスト プロトコル)の入門書。 大バズりしたスライド「やさしい MCP 入門」の著者が新技術の基礎をやさしく解説。
2025 年の初頭から SNS や仕事先でも聞かない日はなかった MCP(Model Context Protocol)。2024 年 11 月に Anthropic が公開してからわずか数ヵ月で、OpenAI、Google、Microsoft、GitHub や AWS、Atlassian など大手企業が次々と対応を表明し、自分自身としても何かしらできないかと模索していた。
そんな中で出版された『やさしい MCP 入門』は、MCP の基礎から実践的な活用方法までをわかりやすく解説しており、技術者だけでなく非技術者にも理解しやすい内容となっている。正直なところで「MCP は AI 用の USB-C ポート!」と言われたところで何も腹落ちできなかったが、その先の説明を読んでいくうちに、MCP の重要性とその背景にある技術的な意義を理解することができた。
エージェンティックな AI アプリケーションの開発において重要なのが "コンテキストエンジニアリング" であり、LLM が適切に動作するために必要なコンテキストを外部リソースや LLM 自体から作り上げる処理に焦点が移ってきているようにも感じるが、その基盤として MCP は欠かせない標準規格になるべくしてなったのだと腹落ちできる。
MCP が変える AI 連携の世界を基礎の基礎から
特に前半部分の構成について、豊富な図解で技術的な概念をビジュアル化している点がよかった。MCP の全体像をざっくり押さえた上で、何が満たされれば MCP 対応ツールと連携できるのか、どのような仕組みで動作するのかを理解することができる。シーケンス図大事。
プリミティブとは、MCO サーバー・クライアントが LLM に対して提供する標準的な機能を指します。MCP がプロトコル、つまり「規格」であるポイントとして重要なのが、LLM を拡張する主要機能をプリミティブとして再定義した点です。 今までは各 LLM ベンダーや AI エージェント開発者によって用語や概念、目的が独自に紐づけられていました。MCP は、これらを整理し、素の LLLM に拡張を持たせるならこんな機能が必要だ、と再定義した形になります。
また MCP における基本機能群である"プリミティブ"のそれぞれの役割やなぜそれが必要なのかの説明に紙幅を割いており、ステップバイステップで実装すべき要素と分割されている意味を理解することができる。僕自身としては実際に動く FastMCP の実装から入ってしまったので、この手の概念をすっ飛ばしてしまいがちであった。
入門書としての「やさしさ」
一方で、これを読んだだけで実用的な MCP サーバーや MCP クライアントが実装できるのかというと難しい。特に後半部分は既存のサービスが提供している MCP サーバーのカタログが延々と続くようになってしまい、それは「必要に応じて LLM に聞いて」とだけガイドすればよいことだし、更新できない本というメディアではすぐに陳腐化してしまう情報なのではないかと感じる。
逆のアプローチで、「MCP を活用して A のようなこともできる」という実装例があって、例えば X 社では〜というカタログ形式の方が、より具体的な理解ができたのではないかと思う。またセキュリティ面についてもあまり踏み込まれておらず、なんとなくで 設定したり、VIBE Coding するとインシデントにつながってしまうのではないかという懸念も残る。
このあたりは、あくまで「やさしい入門書」としての位置づけであり、プロダクション環境へのリリースやセキュリティに関する詳細な知識は別途学ぶ必要があるが、それこそ入門書の外で学ぶべきことなのかもしれない。スタート地点としての価値は十分にある。
先進的なコンテンツと本というメディアの不整合
本書は秀和システムから 2025 年 7 月 1 日に発売され、電子書籍版も同時リリースされている。ただし、秀和システムの電子書籍は固定レイアウト形式(非リフロー)での提供となっており、ハイライト機能やテキスト検索など、学習に便利な機能が制限されている。
それこそ MCP や AI Agent からハイライト部分をコンテキストエンジニアリングとして活用する仕組みを作っているのに、この書籍自体は対象にできない。図表が多いし、必要に応じてスクリーンショットを撮れば良いという話もあるものの、電子書籍としての利便性や後からの参照性を考えると、リフロー形式での提供が有り難かった。
また 2025 年 7 月に秀和システムは倒産しており、本書が最後の出版物となったそうだ。もちろん、出版が実現されて読めているだけありがたいことなのであるが、MCP という先進的な技術を解説した書籍がメディアとしての制約や収益性に直面している不整合のようなものも感じてしまう。袋綴じで書籍コンテンツの MCP サーバーアクセス権のシリアルコードみたいな夢を見たかったりもするが、それは求めすぎか。
なんにせよ、コンテキストエンジニアリング時代において、MCP の理解は「なんとなく」から「正確に」へと進化する必要がある。本書は、そのための第一歩として非常に有用なリソースである。技術者だけでなく、AI エージェントの可能性に興味があるビジネスサイドににとっても、読んでおく価値のある一冊である。
