太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

『事故物件 怖い間取り』感想〜若手芸人にとっての実存的恐怖は心霊なんかよりも10年やってても売れないこと

事故物件 恐い間取り

事故物件住みます芸人の史実を元にしたフィクション

TV番組への出演を条件に、「事故物件」で暮らすことになった芸人の山野ヤマメ(亀梨和也)。その部屋で撮影した映像には白い“何か”が映っていた…。番組は盛り上がり、ネタ欲しさに事故物件を転々とするヤマメ。しかし人気者になっていく一方、次々と怪奇現象に巻き込まれていく。そしてある事故物件で、ヤマメの想像を絶する恐怖が待っていた――。(C)2020「事故物件 恐い間取り」製作委員会

監督 中田秀夫

出演 亀梨和也, 奈緒, 瀬戸康史

 『事故物件〜怖い間取り』は「事故物件住みます芸人」として実在する松原タニシ氏が恐怖本である『事故物件怪談 恐い間取り』を元にしたフィクション。事故物件に住むことで芸人としてやっと売れていく流れと、その代償として受ける心霊体験の葛藤がテーマとなっている。

モデルをよく知っているだけに感じるこそばゆさ

 もともとの活動を知っていただけに映画化に伴う各種翻案や若手芸人のカメオ出演ラッシュに『なつぞら』のようなNHK朝ドラの雰囲気を感じる。やってることは事故物件に住むことだけど。

「だったら僕にやらせてくださいと言って、お笑いのライブハウス『なんば白鯨』の経営を始めました。それが29歳と11カ月のときで、たまたまですが親の期待に応えた形になりました」

自身の松竹芸能時代の経験から「売れる前の芸人が本当にやりたいことをやれるハコ」にした。

 若手芸人といっても松竹芸能系なので吉本とは異なる雰囲気。大阪に住んでいた頃や大阪旅行の折りに味園ビルに出向いてトークショーを観覧していたこともあって、そこで前説やバーテンなどのアルバイトをしていた当時の松竹芸人達を見かけてほっこりとした。

前半はホラー映画としての体裁が整えられている

 亀梨和也演じるキャラクターのモデルとなってる松原タニシはメガネを取ると整った顔であるが、瀬戸康史演じる華井二等兵はいかにもな芸人顔だ。勝手な身内感と結婚式の余興で流される誇張再現フィルムのようなこそばゆさを感じたりもする。

 それでも、亀梨和也の髪をかく演技やヒロイン奈緒の恐怖顔芸、不動産屋を演じる江口のりこの胡散臭さなどがよい感じ。『リング』の中田監督ということもあってホラー映画としての演出にも光るところがあった。

 途中から某ソリッドシチュエーションサスペンスなみのジャンル変更を経て火の呼吸を使いこなす柱に成長した大佐と死神のバトルになるのは意味が分からないけれど。

若手芸人にとっての実存的恐怖は心霊よりも売れないこと

 あきらかな霊障をわずらったり、交通事故にあっても「10年頑張って売れない」ことのがよほどの実存的恐怖だからと、事故物件に住み続けるヤマメ。探偵ナイトスクープ的な番組でレギュラーが決定したり、本を出してイベントに呼ばれたりという喉から手がでるほど欲しかった境遇を手に入れていく。

 実際問題として、あまり売れていない芸人が実話怪談業界に鞍替えして、怪談専業者を追いやる形でプチブレイクするケースもあるし、それについての議論も起こっている。怪談自体もポップな採点競技としてM1グランプリや、K1グランプリを模したイベントにまでなっている状況があるのだ。

 一方、私はそのころ、事故物件に入居する体験記、つまり本書を書く意思を明確に固めていた。事故物件に住むことで、どんな精神的、肉体的、社会的な不利益を強いられるのかを検証するのだ。心理的な負担が小さいに違いない「高齢者の病死」というような甘っちょろい物件に住むようで、果たしてジャーナリストと言えるだろうか(いや、言えまい!)。

 事故物件に住むルポタージュについては先駆者がいて、ジャーナリストとしてのネタのために敢えて自殺者が出ている部屋に住んでいくのであるが、幽霊を撮らないと番組にならないからと過激な部屋を求めたり、霊感体質のヒロインに幽霊を見つけてもらおうとする若手芸人と同じ構造にある。

 というか、事故物件を見てもらうという名目で元ファンの女性にひとりで家に来てもらう時点で、そういやってファンに手を出してる芸能人の話を連想してしんどくなった。そちらの方がよほど実存的なホラーであろう。実際、ニアミスシーンはあるし、うちにレア物DVDがあるからと家に誘うようなものではないか。

翻案されることで漂白されるヒトコワと物理現象としての事故物件

 翻案として心霊方向に特化するように舵をとったり、恋愛話が入ってくるのはよいのだけど、一番重要な話が抜けているのが気になった。

 実はこの犯人、僕が住んでいた物件で母親を殺した息子と同一人物だった。母親殺害の後、精神鑑定で不起訴になり、刑務所に収容されずにグループホームに入れられたが脱走し、殺す相手を探して彷徨う中、今回の通り魔事件に及んだのである。
 僕が住んでいた間に起きたことを思い出してみて欲しい。
 トイレに入っていたら玄関のドアノブをガチャガチャされる、郵便物がよくなくなる。

 事故物件の本当の怖さは殺人事件を起こした犯人が戻ってきたり、興味本位で取材や潜入をしてくる輩の治安の悪さといったヒトコワ。または水回りの破損や床の体液といった物理的な衛生環境や不便さや精神面に現れてくる。それもまた実存する恐怖だ。

 原作のなかではここが一番怖い話だったので、翻案されたことでむしろ恐怖心がなくなる残念さを感じたが、これはこれで心霊的恐怖と実存的恐怖の天秤というテーマがブレてしまうから心霊的恐怖に舵をとったのだろうと思われる。

「事故物件」にまつわる興味本位と実利

 そもそも「事故物件」という言葉にはある種の憧憬と嫌悪感が入り混じる不思議な感情がある。病死、自殺、殺人といった理由での変死が伴う物件は「心理的瑕疵」があるとされ、告知義務と一般的には家賃の減額が行われる。告知義務があるのは入居のひとつ前にそのようなことがあった場合に限られ、誰かが一度住んだら告知義務はなくなる。

 実際問題として、病死による孤独死はありふれているし、永久的な話になってしまっても困るだろう。若手社員を1ヶ月だけ住ませたりすることもあるという都市伝説的を聞いたこともある。映画にもあったが事故物件に入居しては事故もおこさずに短期間で引っ越していく客は上得意となる。

 貼りだされた抽選の競争倍率を示す紙を見つめる入居希望者の表情は、真剣そのもの。そして、当落が発表され始めると、一喜一憂する入居希望者たちで会場は熱気ムンムンなのだ。当選が決まって「よっしゃ~!」という掛け声とともにガッツポーズをするおじさんもいる。

 異様な光景だった。ここにいる人たちは、他人様の不幸で自らの家賃負担を軽くしようとしているのだ。まるでハイエナかハゲタカではないか。抽選会を開くURは、死の商人ではないか。

 それでも家賃が安くなるのは何よりも魅力的だ。前述のルポタージュにおいても事故物件に住む現実的な理由が述べられる。裕福でない人、日本に来たばかりの外国人など。「特別募集住宅」として家賃が一定期間半額になる事故物件URへの応募者は数多く熾烈な抽選会が開催されるまでになっていた。

 そこの物件で殺人事件が起こったり、自殺者がでたことなんかよりも実存的な恐怖は寝食できる場所がなくなることである。既に「事故物件」の存在が社会福祉の一形態になってしまっている側面もあるのだ。

実存的な恐怖の前で心霊的恐怖を求める業

未知のウイルスに感染する恐怖、自粛による経済破綻の恐怖。

未曾有の恐怖の前では怪談実話の怖さなど、まことにもってささやかだ。超自然的なものを怖がるには、想像力と精神的なゆとりが必要である。重大な危機に瀕しているとき、ひとはみな現実にむきあい保身に努めざるをえない。

 実話怪談業界そのものについても収益源であり、取材元にもなっていた怪談ライブが新型コロナウィルスによって縮小するし、そもそもの怪談離れという実存的な恐怖に晒されているという。事故物件を怖がれるのも想像力と精神的なゆとりがある証拠なのかもしれない。

 物理的にしんどい企画よりもマシな「心理的瑕疵」を選択し、むしろ「何かが起こって欲しい」と願ってしまう業。「霊がきますように」とお祈りしたり、霊が視える女性を連れ込んだり、「最強の家(!?)」を求めていくのは現実の松原タニシの発言にもあるし、先のジャーナリストにも通じる。

 本当の恐怖は「10年やってても売れないこと」であり、「貧困」であり、「保証会社の審査が通らないこと」だと思ってしまう実存的なところにあるのだから、心霊<そんなこと>なんかささいなことだと思ってしまう余裕のなさ自体が描かれていくところにあるのかもしれない。