渋谷駅前交差点爆弾テロ事件のモキュメンタリー
本作は派遣社員による渋谷駅前交差点爆弾テロ事件に至る経緯を描いたモキュメンタリーである。「モキュメンタリー」とはドキュメンタリー風の映像で虚構を描いていく手法で『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』や『クローバーフィールド』などが有名である。よかった。渋谷駅前交差点自爆テロ事件なんてなかったんだね。
モキュメンタリー(英: Mockumentary)は、映画やテレビ番組のジャンルの1つで、架空の人物や団体、虚構の事件や出来事に基づいて作られるドキュメンタリー風表現手法である。モキュメンタリーは「モック(wikt:mock)」と、「ドキュメンタリー」のかばん語であり、「モックメンタリー」「モック・ドキュメンタリー」ともいう。また、「フェイクドキュメンタリー」と呼ばれる場合もある。
白石晃士監督は、モキュメンタリー作品を多く撮っていて、独特の味わいがある。特にこの作品は「ネカフェ難民への密着ドキュメンタリー」のような映像に『本当にあった呪いのビデオ』のような「お分かりいただけただろうか」が挟まれて狂気の展開になっていくのが新しい。
グロくもないし、幽霊やゾンビに何かをされるわけでもないので「Z級ホラーだろwww」って人にほど観て欲しい。本当にタイトルとパッケージで損をしていると思うのだけど。
撮る側と撮られる側の奇妙な友情
事件の主犯となった江野くんは、妙ヶ崎で起きた通り魔連続殺人事件に巻き込まれて紋章型の傷を付けられており、それ以来不思議な声を聞いたり、超常現象に巻き込まれやすくなっていく。「超常現象」といってもポルターガイストとか心霊映像にすぎなくて、江野くんの関西弁で卑屈なのに図々しいキャラクターがなんともリアルで超常現象よりも怖いという塩梅。
派遣元に電話をかけるも仕事がなくて、欠員連絡が来るまでマクドナルドでひたすら待機してたり、焼肉屋で気が大きくなって女性社員に説教を始めたりするどうしようもなさが描かれる反面、「神の声」や「奇跡」による無根拠な優越感が隠せない。まさに日常雑感系アニメ『おま★えら』。この辺りの丹念な描写は秋葉原の事件の影響もあると思われる。
おっさんふたりのデートムービーのようであり
そんな彼が唯一心を許すのが、密着取材をしているカメラマン兼監督の白石晃士(本人!)。取材対象の心を開かせるための寄り添いを続けるうちに、二人で「奇跡」を経験し、江野くんが聞いていた「自爆殺戮渋谷交差点」という声に従って渋谷駅前交差点での自爆テロをするという「神の国に行くための儀式」をカメラに収める事を決意する。江野くんが美少女だったら絵になるけど冴えないおっさんである。汚いまどマギ。
そこから二人で爆弾の材料を買い込んだり、映画を見たり、カレー屋に行ったりと「江野くん」「白石くん」と呼び合いながら男同士のデートシーンを延々と流されるシュールな展開。爆弾作成中の作業場のマンションに女性社員が忘れ物を取りに戻ってきた時など、「浮気現場に踏み込まれた」かのような慌てようで爆笑した。テロを行う直前に江野くんが白石くんに感謝しながら、ネットカフェで借りた100円を返そうとするシーンに謎の感動をしている自分に気づく。アツい友情。
不穏さ演出の妙
爆弾の材料を買い込んだ帰り道に、ちょっとアレな感じの人からいきなり「地獄だぞ!」と叫ばれ、荷物を強引に奪われそうになる。「異なる神の声を聞いた選ばれし者」同士の代理戦争が起こっているのだろうけど、いい大人同士で荷物を奪い合って地味な喧嘩を淡々と撮っているのが、逆にゾクゾクとさせる。
画面を覆い尽くすカラスだったり、クトゥルフ神話オマージュ要素を出すための山登り中の不協和音などの不穏さ演出もある。カラスのシーンについては、白石監督自身が「カラスを呼ぶ方法がある」とコメントしてたり、機材協力にChim↑Pomの名前が挙がっていたので、恐らく『BLACK OF DEATH』に使われたカラス寄せが使われたものと思われる。
二人で観た映画にもボカシがかかっていたけど『インディ・ジョーンズ/ クリスタル・スカルの王国 スペシャルコレクターズ・エディション【2枚組】 [Blu-ray]』であろう。あの映画のひどいオチすら「神の導き」に見えて自爆テロを行う確信を強めるというアノミー状態。おそらく仕込みではないタクシーの運転手とも「渋谷駅でテロとか起こったら大変ですよねぇ」と世話話をしたり。アドリブ一発録りで撮ったであろう狂った会話シーンが「これは演技」っていうメタメッセージを感じさせないようなドキュメンタリー風映像の中で淡々と積み上がる。
モキュメンタリーだからこそのラストの掟破り(ネタバレあり)
ラストシーンについては是非観て頂きたいのだけど、モキュメンタリーの掟を原理的に破っていて面白かった。「ヒント:バイオぶどうサワー」。つまり、一応は「本当にあった怖い話」のテイだったのに過去形ですらなくなっていくのだ。もはや「モキュメンタリー」という手法自体が過剰にパロディ化されて、「掟破り」のコンテキストを作るための道具になったのかもしれないとも感じられる。そもそも「◯◯村連続殺人事件」なら信じる余地があったはずなのに、「渋谷駅前交差点自爆テロ事件が現実には発生していない」がバレバレなのは想定済みだから確信犯であろう。
昔、蟻とキリギリスとバイオゴリラがいました。
— バイオゴリラbot (@Bio_Gorilla_bot) 2014年8月25日
蟻は夏の間せっせと食糧を集めましたが、キリギリスは歌ってばかりです。
冬になり、蟻は蓄えで過ごしましたが、キリギリスは食糧がありません。
そこへバイオゴリラの猛襲!
圧倒的暴力が蟻を、キリギリスを、食糧を貪り食う!#バイオゴリラ童話
その辺の演出も低予算の中ですごく巧い。とりたててグロいシーンがあるわけでもないし、幽霊とかモンスターが直接的に何かをするわけではなくて、「撮る者/撮られる者」を意識しながらも、深遠なる狂気に巻き込まれて自爆テロに向かう派遣社員と、それを淡々と撮り続ける映画監督を描き出すのは今までに感じた事のない恐怖であった。僕自身も最初は「Z級www」なんて言っていたし、ハマれない人には全くハマれないだろうけど、一部の人にはすごく刺さるのではないかと思う。
『オカルト』のサウンドトラック『Pop Bottakuri』がAmazonプライムで無料
ノイズとブレイクビーツで構成された不協和音が癖になる音楽はHair Stylistics a.k.a. 中原昌也によるもの。『オカルト』のサウンドトラックが収録された『Pop Bottakuri [Explicit]』がAmazonプライムだと無料で聴けることに驚いた。Amazonプライムは日用品のコンビニお急ぎ便や『東京都北区赤羽』や『SPEC』などのドラマ視聴のために入っていて、無料で聴ける音楽はあまり品揃えよくないというイメージだったけれど、妙なところでツボをついてくる
Monthly Hair Stylisticsはその名の通り1ヶ月に1度リリースされたアルバムなのだけど、そのうちの1、6、9、10、12が無料。iPhoenにAmazonミュージックアプリを入れればダウンロード再生可能だし、1本1,500円なので一瞬で元が取れてしまった。
「ついでに聴き放題」は嬉しい
正直、月1,000円前後支払うような各社の音楽聴き放題サービスには魅力を感じていなかったのだけど、Amazonプライム年会費3,900円のついでに貰えるとなると俄然嬉しい。AmazonStudentだと年会費1,900円て。
探してみたら、以前に紹介したfox capture palnのアルバムもプライムだと無料になるし、時代の変化を感じる。CDを買わなくなって久しいけどデジタル音楽すら買わなくなっていくのかなぁ。今まで音楽に使ってきたお金ってなんだったんだろうという気分。
何度目かの『オカルト』再視聴をしてみた
『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』でニコ生を中心に一世を風靡している白石監督だけど、僕自身が一番好きな作品は『オカルト』である。既になんどもなんども観ているし、新文芸坐でのオールナイト『白石監督ユニバース』の目玉作品でもあった。
ともかく、僕は江野くんに憧れて口ひげを伸ばしてみたり、渋谷駅前交差点で江野くんごっこをしたり、サムラートでインドカレーを食べたり、100均でぽーんぽーんとしたりと、徐々に狂ってきていた。オカルト狂いになっているのは『ネットラジオ BS@もてもてラジ袋』のパーソナリティ二人も同じで、唐突に始まるオカルトごっこを聴いてまた観たくなってしまう悪循環。
『オカルト』は序盤の怪奇オムニバスも面白い
全体論は以前に書いたので、今回は細部について注目していく。まずはパッケージ内の言葉と描画の対応を確認したい。江野くんや地獄だぞおじさんの話はいくらでもできても、ファン同士であっても「ドッペルゲンガーなんてでてきたっけ?」となりがちなので、前半のオカルトオムニバス要素についても注目したい。
最初に妙ヶ先で起こった通り魔殺人事件を収めたビデオがあって、序盤は現場に居合わせた撮影者や被害者遺族や巻き込まれて重症を負った江野くんへのインタビューがされていく。死亡者が二人いて重傷者は江野くんだけ。導かれて現場にいった証言が続くことで、最初の通り魔事件そのものはパッケージにある「無差別殺人」ではなかったという伏線が作られつつ、おかしな話が進んでいく。
パッケージのオカルト要素は序盤だけで結構回収されている
「予知夢」と「あひらわま」は被害者遺族の母親へのインタビューだ。序盤はあくまで「通り魔殺人事件」のドキュメンタリーのテイで進んでいくのだけど、夢の中に殺された娘がでてきた話を延々としていて、「娘の口がこーんくらいに大きくなって」「あれはねー」と穏やかな顔で笑うのが狂気を孕んでいる。「あひらわま」という言葉は「おひるやま」として後半に回収される。
「ドッペルゲンガー」はもうひとりの被害者の恋人の話だ。死んだ彼女(右田さん=ミギー)が勝手に写真にうつりこんでいく話をしている。ちなみに、この恋人役のひとは工藤Dの父親であり、バチアタリ暴力人間の被害者であり、ノロイのフェイクビデオの出演者でもあって白石監督スターシステムにおける猿田やハムエッグのような役割を担っている。ミギーは『寄生獣』であろう。
2009年の作品であり、秋葉原の通り魔殺人やネットカフェ難民などの社会情勢が取り入れられている。そこに巻き込まれて重症を負った被害者が江野くん(30歳)。既に頭頂部が薄い。『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!最終章』や『殺人ワークショップ』を観てからのループなので余計に江野くんへの視線が注がれるのだけど、序盤はあくまで登場人物のひとりである。
結論から言えば、彼は「江野祥平」であり、前作で「異界」に消えた工藤DとAD市川を奪還するために「この世でゆうたらやったらあかんこと」をカメラマン田代(白石監督本人)との二人で続ける『オカルト』の後日譚のような流れになっていた。
「犯人」の友人や父親へのインタビューもある。友人が「UFO」を回収。江野くんも病院でUFOを目撃している。犯人の父親が息子についていた特殊な形状のアザを「神様」のサインであると言っている。江野くんは、このアザと同じ形の傷をつけられて「次はキミの番だからね」と言われる。
よみがえれ!江野しぐさ
この辺りから急激に江野くんフォーカスが移っていくのだけど、江野くんが事務所来る直前にネットカフェ難民の雑談をしていたりと、通り魔殺人事件が徐々にどうでもよくなっていることを感じさせる。秋葉原の通り魔殺人やネットカフェ難民などの社会情勢が取り入れられているとはいえ、作品世界内における心的結合は特にない。
事件以後、江野くんに奇跡が起こるようになったというので「奇跡をカメラにおさめて」と依頼したり、「すごい映像が取れますよ!」となったり、通り魔殺人事件のルポタージュ取材がナチュラルにネカフェ難民ノンフィクションや心霊ビデオの撮影に変わっていく流れが考えてみれば強引だ。当初の企画からズレすぎでしょ。江野くんへの密着取材は、文字通り奇跡の連続だ。心霊現象というよりも、「江野しぐさ」とでも言うべき行動が面白すぎる。
- 100円ショップではスナック菓子を手でぽーんぽーんとやって重さを確認。メーカーのグラム表記は信じない。
- カップ焼きそばをたべながら「野菜もはいっているやけどね」
- すいません。100円あります? (貸してと言わずに支払いに使う)
- タバコもらっていいですか(3回)
- 貯金があっても「お金がない」と言ってメガマフィンを奢ってもらう
- 焼肉屋でオゴリと分かった途端に大量に頼んだ上に初回から「サムゲタン」(食事シーンにサムゲタンがうつりこんでない)
- ADのイチゴちゃんをちょっと狙いつつ、ダメだと分かった途端に「あのブス!」
- タメ口でいこうよ! 江野くんで来てよ
- 福岡はOKだけど、東京はアカン(俺ら西やん)
江野くんが事務所に泊まるときには寝袋を使っている。「ここには住んでいない」という台詞もあるし、布団がない方がリアルなのか。ちなみに、江野くんが寝泊まりしている新宿の事務所は「コワすぎ!」の事務所と多分同じだ。iMacが懐かしい。
ここでいう「江野くんできてよ」が『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!最終章』で回収された時には結構マジ泣きしていた。
もちろん、田代には「白石くん」としての記憶がないし、特に思い出したりもしないのだけど、思わず「白石くん」と呼んだり、「敬語じゃよそよそしい」と言ったりして、世界が終わるような極限状況のなかでも「あの頃」を再現しようと不器用な試みをしていくのが切ない。
「オカルト全部のせ」な部分にも注目したい
ちなみに、ここまででたった35分。無限に語れる濃厚さ。ほかにも多数の江野しぐさがあるのだけど、それらが強烈過ぎて当初の通り魔殺人事件やオカルト要素がどうでもよくなってきてしまう部分も正直あって、「ドッペルゲンガーなんて出てきた?」となってしまうのも仕方がない。
とはいえ、後半にも『にこたま』の渡辺ペコが自動書記をしたり、『回路』の黒沢清の談話がクトゥルフ神話を彷彿とさせる九頭呂岩(クトロイワ)というオーパーツや古代文字に関わったりと、パッケージに散りばめられた「オカルト全部のせ」な部分にも注目したい。本当に面白い映画って何回観ても新しい発見があるので、1回目だけで全てを分かった気になるのはすごく勿体無いのだと思う。やっぱ最高だわ。