世界のローカルシチューシリーズ
ここのところで、松屋のニューバーグソース、マフェと世界のローカルシチューシリーズを食べてきたのだけど、松屋は改めて「カレーの再定義」をしているのではないかと感じた。
フランス発祥の「ニューバーグソース」は、バターとクリーム、卵黄を使ったリッチなソースにシーフードを合わせる料理で、本来はパンにも米にも合う。しかしながら松屋のニューバーグはスパイスやにんにくが効いており、そのビジュアルもカレーライスそのものだ。福神漬けも付く。
また西アフリカの「マフェ(Mafé)」は、ピーナッツバターをベースにしたシチューで、トマトが入る点では松屋のトマトカレーも連想するが何よりもごろごろ煮込みチキンカレーと同等の肉肉しさがあり、やっぱりスパイスやにんにくが効いている。
これらは現地では「カレー」と呼ばれていない。口述する松屋のオリジナルカレーもまた、従来のインド起源や欧風カレーという枠にはおさまらない。だが日本の消費者は、これを「カレー」として受け入れることができてある。この柔軟な拡張性が松屋のカレーが持つカルチャー的意義なのではないか。
松屋が「カレー屋」だった時代
松屋と聞けば、大抵の人が牛めしを想像するだろう。しかしながら、2010年代の一時期、松屋は「牛丼屋」ではなく「カレー屋」と化していた。特に「オリジナルカレー」と呼ばれたあの黄金色のシャバシャバ系ソースは、ファンの間で中毒的な人気を誇った。「カレー専門店に負けてない」「これでワンコインは異常」と賞賛され、ネット上には“松屋カレー派”という文化すら生まれた。
2019年には「創業ビーフカレー」が登場し、松屋カレーの路線は一気に濃厚化。ドミグラスソースを彷彿とさせる重厚な味わいで、単なる“コスパの良いカレー”ではなく、“松屋にしかない味”へと進化を遂げる。その後もグリーンカレー、マッサマン、バターチキン、キーマと、まるで世界のカレー図鑑をなぞるように、松屋のカレーメニューは広がっていった。
「ごろごろチキン」で始まった日式カレー再定義のムーブメント
その中でも象徴的なのが「ごろごろ煮込みチキンカレー」だ。2016年に初登場し、何度も再販される人気メニュー。特徴は、鶏肉の大きさと量。「ごろごろ」という表現は伊達ではなく、ファストフードの域を超えた肉の存在感を放つ。
そのチキンが浸かるルーは、スパイス感を残しつつも日本の米に合うように調整されており、和風だしとは違うのに、どこか「白飯に合う」カレーとして成立している。
ごろごろチキンシリーズはその後「トマトカレー」へと発展。トマトの酸味と、ジューシーな鉄板焼き鶏が織りなす味は、インドでも欧風でもない、むしろ「松屋式カレー」としか呼びようのない独自の路線を突き進む。それこそが日式カレーの再定義なのだと思う。
カレーは“国民食”という呪縛を越えて
日本ではカレーは“国民食”と称され、家庭でも外食でも愛されてきた。しかしこの“国民食”というラベルは、ある種の様式美や正統性を強いる。ルーのとろみ、豚肉か牛肉か、じゃがいもを入れるか入れないか……。その形式から逸脱すると、急に「これはカレーじゃない」と言われかねない窮屈さがある。
松屋は、そんな日式カレーに存在する暗黙的な枠を軽やかに裏切る。ガラムマサラの刺激もあれば、トマトの酸味、チーズの濃厚さ、果てはバターとココナッツの甘みすら許容する。これは「異文化の翻訳」ではなく「異文化の混成」を地で行く。松屋のニューバーグソースとマフェを食べて実感する日式カレー再定義の提案について、次も楽しみにしている自分がいる。