太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

独り暮らしの自炊で食費を節約できているのは同じ食材を食べつづけられる特殊能力者だからかもしれない

自炊力~料理(レシピ)以前の食生活改善スキル~ (光文社新書)

今週のお題「おうち時間2021」

まあそんなことしなくても普通の生鮮食料品店で1週間の予算をちゃんと決め、献立を考えて買い物し、冷凍庫をうまく使えば安くあがるのは間違いない。ただし、そんなことができる人間はそんなに多くはないに違いない。人類の大半はもっと場当たり的で計画能力がない。

 この指摘自体はそうだと思うのだけど、もっと重要な観点として「毎回ちゃんとした食事をしたいか?」という概念の有無が大きいのではないかとも思う。自分自身は自炊になってかなりの食費節約や健康志向ができているけれど、生鮮食材を使い切ろうとしながら毎日異なる複数品目を作るのはすごく難しいし、できるわけもない。

 脂質や糖質が少ない料理もうまいと思えたり、同じ食材を食べ続けることに対して苦痛に感じなかったりする方が生物的な強度は上だと思っているけれど、その食事を他人と共にすべきではないし「料理ができる」なんて自称することはできない。

 スーパーで普通に売っている味噌はだし入りが多いのに、それを確認せずに顆粒出汁を入れるのは味覚が不自由な可能性があるというのは置いてといても。

指の角度の違う食事バリエーション

 実際的には、金芽米、もち麦、鶏胸肉、卵、納豆、根菜、漬物、乾物、缶詰、冷凍野菜などをネットスーパーの購入履歴から惰性的に注文して、その日の気分で炊飯器とホットクッカーに分け入れてスイッチを押しているだけだ。

 例えば、炊飯器で米と鯖缶とブロッコリーと干し椎茸と大豆を炊いて卵をかける日もあれば、ホットクッカーに鯖缶とブロッコリーと干し椎茸と大豆を入れて仕上げに味噌と卵を入れる日もあれば、ブロッコリーサラダに鯖缶を添えることもある。

 大抵の食材は炊き込みご飯にもできるし、汁物にもできるし、おかずにもなる。鯖缶とブロッコリーで炊き込みご飯を作る日だったら、鶏胸肉と人参でけんちん汁を作って、キムチとオクラの副菜やらピーマンと小松菜のサラダやらを付ければ完璧。朝は食べないし、昼と夜は卵と納豆を入れ替えたりすれば苦痛に感じない。

 全てが面倒になったら炊飯器に材料と餅を入れて一品ですませる。基本的には同じような食材セットを使い回しているがストレッチプラムと冬木スペシャルの違いぐらいのバリエーションが無限に増えていく。毎食毎食同じ料理を食べ続けているわけでもないが、劇的に異なる料理方法や食材にすることはあまりない。

極私的な最適化と他人に合わせることの苦痛

 別に我慢をしているわけではないし、それなりのバリエーションはあるし、旨味も栄養も十分に感じているのだけど「そういう食事になら飽きない」というのは極個人的な話だ。それを家族に強制したらDVと取られても仕方がない。あくまで自分のためだけだから許される食事に過ぎない。

 逆に焼き肉とかピザとか中華料理とかの濃い食事を続けることができない。これらは個別にゲージ管理されてて、すぐに満タンになって受付けなくなってしまうが、枯渇するとすごく美味く感じるのだから決して「嫌い」ではない。

 「美味いが連続で食べられない」というポジショニングの料理が多い中で、僕自身としては炊き込みご飯や味噌汁や納豆などは飽食ゲージが満タンにならないという経験則がある。薄味だから飽きないのかと言えばラーメンや唐揚げは味が濃くて脂が多くても全然連続で食べられるので、それもこれも極個人的な嗜好だ。

 余談だが、婚活をしている時には相手に合わせたレストランの濃い料理とか酒とかデザートとかを短いスパンで食べるのが苦痛であまり手が出なかったのが感じ悪いし、帰り道にお腹が空いてきたり、気分的な問題で真夜中ラーメンを食べたりが続いたのも「これはしんどい」となった大きな理由だ。

孤立的な特殊能力者として目覚めていく恍惚と不安

ひとり暮らし経験が長く、ひとり暮らしに最適化された生活パターンを骨の髄まで身につけた人間は、結婚生活やシェアハウスなどの共同生活をはじめたとき、むしろ不適応を起こし、苦労することになるのではないでしょうか。

 毎日の自炊に限らずとも掃除・洗濯・風呂・睡眠。最近は在宅テレワークや在宅トレーニングまであるなかで、家から出ない独居生活力については適応していったが、それを改めて他人に合わせていく共同生活力は破滅した。別々の場所で済ませてくるなら互いに問題なかったであろう部分まで共同作業になるハードモードが課される憂鬱。

 同じ食材を食べ続けられる自分自身の性質もある意味ではギフトであるが、ある意味では他者を受け付けない呪いである。孤立的な特殊能力者として目覚めて食費が節約できるようになった恍惚と、他人に合わせていく苦痛との天秤で他者をこれまで以上に忌避していく不安の二つが同居している。