太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

吉本浩二『日本をゆっくり走ってみたよ』〜独りよがりの間接的自傷と再生

日本をゆっくり走ってみたよ : 1 (アクションコミックス)

あの娘のために日本一周

連載作品が終了し、ぽっかり時間が空いた、漫画家の吉本浩二先生は、日本一周バイクの旅に出た。全国にいる大学時代の友達、昔のアシスタントに会い、吉本さんの胸に去来するものは何か? しかし最大の理由は、忙しくてなかなか会えなかった憧れの女の子に会うためだった。彼女の住む宇都宮にて、吉本さんは誓う。「日本一周して強い男になって、彼女に告白する!」彼女に読まれたらヤバい旅先の話まで赤裸々につづる、すべて実話の旅日記。

 4年前に花見で会って話が盛り上がってから何回か会っていたEさんが故郷に帰ったことをきっかけにバイクで日本一周をすることになった吉本浩二私小説的漫画である。

 「タフな男になるためにツーリングする」の因果関係は極個人的なものであるからこそ自傷的な祈りをはらむ。別れを切り出された彼女の遠く離れた家まで歩いたり、四国を八十八箇所廻って祈願したり、日本人の自傷的な祈りの形態として「苦難を伴った移動」という間接的自傷が選ばれる風習があるのだ。

ツーリングキャンプの実際が分かる

 バイクで日本を一周するといってもビジネスホテルだったり、友人宅だったりと色々とあるのだけどデフォルトの手段としてはキャンプ。テント、寝袋、CB缶のガスバーナーに角型のコヘル。アウトドア好きならニヤリとする道具を揃えてバイクに乗り込む。

 初日から道に迷って山の中に空き地にテント泊。ツーリングキャンプはキャンプ場まで移動しきれるかもリスク要素とは言うけれど確かにタフな男になれる気もする。かといって人目の付くところで野宿をしたら通報されるとか週刊大衆がありがたくなるなどの話も書かれていて ツーリングキャンプの実際が分かる貴重な漫画になっている。

劇画おばQとしての日々さえもなくなった事への郷愁

 全国にいる大学時代の友達や昔のアシスタントに会うシーンが多いのだけど、ほとんどが結婚して子供がいる年代でもある。話の中心が子供になっているのに20代のほとんど全てを漫画に費やした著者はどこかネオテニーなままにある。自分自身が劇画オバQになってしまっていると気付く時だ。

 その一方で、まだまだモラトリアムにある後輩や地元の友人との馬鹿話や飲んだ後に風俗に行く行かないで盛り上がったり、そんな郷愁と自己嫌悪が入り乱れるような出会いの日々に僕自身もシンクロしながらコロナでダメになってしまったのだと想いを馳せる。

 その夜に風俗を我慢していた事は後に回収されて、そもそもがEさんに告白するための旅だったのだからどうしようもない話なのだけど、他者に受け入れられていく感覚を得ていくためには必要な過程だったのだろう。

独りよがりの間接的自傷と再生

 そこから日本1周を経てEさんに会うだけど、詳しい展開は本書を読んでいただくとして、完結記念に著者とEさんとの対談がある。そこで私小説的な「ドキュメンタリー」として描かれた漫画と、現実の出来事との記憶すり合わせが行われて最大の共感性羞恥心に襲われる。やめてあげて!

「おこづかい、もっとちょうだい!」――ドキュメント漫画家・吉本浩二が叫ぶ。45歳、月額2万千円。1万円は大好物の「おかし」に使いたい。子供にオモチャをねだられたら、おしまいだ。そして、悩ましくも楽しい「おこづかい」との攻防戦が始まった。全国の「おこづかい生活」を営むすべての「定額制夫(ていがくせいおっと)」に贈る吉本浩二流「おこづかい漫画」。

 それでもさらに歴史が進めば、家族のお小遣い事情を描いた実録漫画を描く典型的なお父さんになってる壮大なオチとネタバレがある。バイクの維持費が……なんて話まで。うじうじとした中年として日本をゆっくり走っていたのはちょっと遅い思春期だったのかもしれない。