太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

蠱毒された施策の選定Whyと棄却Whyを『ELDEN RING』の血痕として刻んで後進に共有すべき

【PS5】ELDEN RING SHADOW OF THE ERDTREE EDITION

ADR はMeta System of Recordである

一方でADRは違います。ADRは「なぜこの設計判断をしたか」を記録するもので、コードの変更とは独立して価値を持ちます。Agentが次のタスクに取り掛かるとき、過去の設計判断の理由がわかることで正しい方向に進められます。ADRはMarkdownで数分で書けますし、joelparkerhenderson/architecture-decision-recordのテンプレートを使えば構造も統一できます。

AIエージェント時代の開発ではコードの説明ドキュメントはすぐ陳腐化するが、ADR(Architecture Decision Records)に記録された「なぜこの設計判断をしたか」はコードの変更とは独立して価値を持ち続けるという議論がある。

注目すべきはADRの「Record」という語だ。エンタープライズアーキテクチャにはSoR(System of Record)、SoE(System of Engagement)、SoI(System of Insight)という3層の分類がある。それぞれ、SoRは請求や法律に関わる部分であるため、漏れなく入力され、消失や不整合などを起こせない部分と位置付けられる。

その意味では「なぜこの設計を採用し、なぜ代替案を棄却したのか」の記録はSoRの記録対象そのものであると位置付けるぐらいに重大なものなのかもしれないと考えるようになった。

カスタマーデジタルツインの結果記録

この構造はソフトウェア開発に限った話ではない。カスタマーデジタルツインという概念が存在感を増している。顧客の属性・行動履歴・嗜好をデジタル上に再現し、新しい施策やサービスを本物の顧客に触れさせる前に仮想的に試す。Accentureの事例では大手飲食メーカーがターゲット顧客像ごとにデジタルツインを作成し、潜在ニーズの分析と施策の事前検証を行っているという。

カスタマーデジタルツインにおいても、施策の結果だけでなく「なぜその施策を棄却したのか」を残すことが鍵になる。カスタマーデジタルツインとは要するにポストペットに「異物」を投げ込んで反応を観察する行為のデジタルマーケティング版だ。ものを買うということは本質的に「それによって変わるかもしれない期待」を買っているのだから、仮想の顧客にリアクションさせて失敗したリザルト画面までの過程を見るだけでも施策の良し悪しが判断できる。

これはポスト・モーテム(事後検死)の前倒しであり、プレ・モーテムのための手段であると言える。そもそもプレ・モーテムとは「このプロジェクトが失敗したとしたら、その原因は何か」を事前に洗い出すゲーリー・クラインの意思決定フレームワークだ。通常は1つの計画に対して想像力を働かせる重い話だったのだけど、カスタマーデジタルツインと組み合わせると簡易に並列化できてしまう。

複数のデジタルツインに対して複数の施策パターンを同時に投下し、それぞれの失敗シナリオをシミュレーションして生き残れそうな施策を洗い出して、さらにブラッシュアップするパラレル・プレ・モーテムとでも呼ぶべきシミュレーションが行えるようになってくる。

遺伝プログラミング的な施策蠱毒

実際的なシミュレーションは、具体的な施策箇条書きや投入予算等の複数のパラメータから、大量の施策バリエーションを生成し、デジタルツイン上でパラレルに走らせ、生存率の高い施策だけを選別して次世代の施策群を生成する遺伝プログラミング的な方法をとっていくことになる。死んだ施策の「遺伝子」は勝者に吸収され、より強力な施策へと進化していくというわけだ。

遺伝プログラミングという懐かしい言葉を聞くと、昔からバーコードバトラーを想起する。DNAの塩基配列もまたバーコードだ。ATCGの4文字の並びが生物のパラメータを規定し、突然変異と自然淘汰という蠱毒を経て最適な形質だけが生き残る。商品のバーコードを読み取ってステータスに変換し戦わせる玩具と同じ構造になる。

棄却された施策の世界線では、デジタルツインの顧客たちが一度は生きて、施策に反応して、離脱して、データごと棄却されるプレ・モーテムの幽霊となる。実在しなかった顧客の実在しなかった不満が、生き残った施策の設計思想の裏側に透けて張り付いている。幽霊を生み出し続けることで施策は強くなるが、幽霊の数は壺の中の世代交代のたびに指数関数的に増えていく。

強くても使えなかった理由こそが大事

ここで、冒頭で述べたADRの話に戻る。結果的にスコアが高い候補たちが出てくるとはいえ、現実的にそれを実施するかは別問題だ。モデルはあくまでモデルであり、実際に行うと足りなかった考慮点やコンプライアンスやリスクなどが出てきて棄却されることの方が多いだろう。

その場合に、デジタルツイン上では同じぐらい強かったはずのAとBがあった場合にAが選ばれた理由も大事だが、Bが選ばれなかった理由を明確に記録していくことが、AI Agentにとっても人間にとっても重要なこととなる。さらにいえば、実施された施策Aがスベったのであればそのフィードバック入力も重要となる。

このような記録が各人各人の記憶にしかないからこそ、若手やAIの意気揚々とした提案が「それは2年前に検討して駄目になったんだよ」という類の却下が繰り返され、モチベーションごと潰される。「記録されていないということはその仮説は過去に提案されておらず棄却もされていなかったということ」を信じられるぐらいに漏れなく記録されている必要がある。これこそがSoRとしての棄却記録の要件だ。

これまでのシステムに足りなかったのは Why

AI エージェントは、これら 3 つのメカニズムに加えて、Why を理解し、提示する能力が求められる。逆に言えば「なぜそれをするのか」を明確にすることで「4W1H」が関数従属的に導出され、「4W1H」が明確になれば UNIX の認証認可の決定論的システムが転用できる推移的関数従属が行われ、それこそが安全で予測可能な AI エージェントのオーケストレーションを実現していく。

以前の記事でWhyが4W1Hの決定因子であることを論じたが、この決定因子こそが最初に記録されるべき情報だ。関数従属している4W1Hは後から再計算できるが、決定因子であるWhyは決定の瞬間にしか存在しない。だからこそ、施策を選定した瞬間にAIエージェントが「なぜこの施策を選んだのか」「なぜBではなくAなのか」を問いかけて記録させる仕組みが必要になる。人間は記録を後回しにするが、エージェントに問いかけを委ねれば血痕は自動的に刻まれていく可能性が高い。

『ELDEN RING』には「血痕」というメカニクスがある。自分以外のプレイヤーが死ぬと地面に血痕が残り、他のプレイヤーがそれに触れると死の瞬間が幽霊として再生される。直接の会話もメッセージもなく、ただ「ここで誰かがこう死んだ」という事実だけが自動的かつ非同期に共有される。これが絶妙なのは、死因を見た後のプレイヤーが同じ死に方を避けるか、あるいは装備やレベルを変えて再挑戦するかを自分で判断できる点だ。

プレモーテムの幽霊もまた、血痕として死因を地面に刻んで後進に見せるべきなのだろう。同じ死に方を繰り返すのは無駄だが、やり直せる変数を見つけて再挑戦するのは歓迎できる。幽霊は成仏させるのではなく、仮想死因コレクションとしてアーカイブするのが正しい供養だ。

仮説立て、シミュレーション、検証という科学のサイクルを高速 x 並列で回すことで、未発見の解法や新しい科学的発見が現実のものとなり、その成果がコスト・リーダーシップにも直結する。

AlphaEvolveの進化的探索と構造は同じだ。Temperatureを高めてハルシネーションを意図的に起こさせ、1万個のアイデアの中から1個の有用なアイデアをスクリーニングするP値ハック的な手法。施策蠱毒はこの構造をマーケティングに持ち込んだものであり、壺の中で生き残ったものだけが本番環境にデプロイされる。

並行的プレ・モーテムを血痕として刻んで共有する

東浩紀が『ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2』で論じたのは、ゲームのセーブ&ロードやマルチエンディングが物語構造を根本から変えたということだった。プレイヤーは複数の世界線を試し、最良のルートを選び取る。その構造がいま、マーケティングなどの施策の設計に降りてきている。

施策のパラメータを少しずつ変えた20パターンを同時に走らせて、翌朝スプレッドシートを開くと生存率が並んでいる。上位3パターンを残して残りを棄却する。「棄却」というのは穏やかな表現で、実際にはその世界線の顧客たちが辿るはずだった未来を丸ごと消しているのだ。このとき僕の胸の奥に芽生えるのは、ゲーム的リアリズムにおける「黒幕」の気持ちとしか言いようのない居心地の悪さだ。

さらに居心地が悪いのは、パラレルに走らせた世界線同士での「記憶」を共有させてみたくなる欲望だ。Aパターンの世界線で発見したインサイトをBパターンにも反映させたくなる。『シュタインズ・ゲート』で言えば「リーディングシュタイナー」であり、『ひぐらしのなく頃に』における「罪滅し編」のような「バグ」をあえて入れたくなってしまう厨二病の発露。

そんなパラメータ・バーコードバトラーの黒幕として血痕と幽霊のまみれた世界線を選別しているうちに、どの世界線の記憶が自分のものなのかわからなくなってくるほど考えているのに、実際に顧客に当てたらシミュレーションでは一度も見なかった反応が返ってくることもザラにあるのが実情だ。少年漫画においてデータ偏重キャラはデータにない反撃をされて2回戦で負けるって決まっているのだけど、1回戦に勝てるぐらいにはチューニングをしていく価値があると思っている。