太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

借金玉『発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術』〜ヒロイックな発達障害の制約と誓約の嘘

発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術

発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術

 冷凍保存した魚と米を炊飯器にぶちこむたびに思い出す借金玉氏の書籍を読んだ。

この本は「ギリギリ人生をやっているようになった発達障害者が、普通のことを普通にやるための方法」を解説する本です。

 僕自身にADHDの疑いがあるのかいえば微妙だけど、長い映画を一度も立たずに観るのが難しい程度の多動性と、運転免許の実技試験に何度か落ちる程度の注意欠陥がある。ASDも微妙だけど、共感性をエミュレートしている感覚がつきまとっていたり、「マフラーが巻けない」などの症状例を挙げられると「確かに……」と思い当たるフシもある。

 意識の高い人々の提唱するライフハックがこなせず、事務処理にミスが多いと怒られながら、たまたま手に入れた専門性や口八丁でなんとか食えている。はてな界隈に居着くようは人々は特にそのような性質を多かれ少なかれは持っていて、スペクトラムにおける立ち位置の違いに過ぎないのだろうとも思える。

ヒロイックな発達障害の制約と誓約の嘘

 スペクトラムにおける重複領域から「お前は俺だ」と思い込みやすい悪癖を発揮しながらも、当事者目線に割り切ったライフハックは染み込みやすい。その割り切りが自分に最適なのかは別問題だけど、どこかにチューニングしなければなにもうまくいかないことは理解できる。

 発達障害の特性を強く有したまま人生を駆け抜けていける人も、稀にいます。それはそれでとても素晴らしいことです。

 しかし、僕を失敗に導いたのは、まさしくそのような発達障害者たちの神話でした。自分は突出した能力を持っていて、それひとつで社会を駆け抜けていけるのか。それとも、欠損を抱えた人間として社会に順応していく努力を重ねる必要があるのか。僕は今、明確に後者が自分であると認識して生きています。

 最初にガツンとくるのが上記の文章である。IT業界のヒーローには発達障害的な性質の人が多いし、文学を読めばロマンチックな狂気に焦がれる。『HUNTER X HUNTER』のように何かを遂げるためにこそ、自身の負の性質を積極的に過大化して制約と誓約となす傾向にあったが、欠損は欠損でしかないことを認識するところから始まる。

 ゼロ年代カードゲーム型バトルロワイヤルにおいて捨てキャラクターを発生させないために生まれた物語上のハイリスク・ハイリターン構造は優しい妄想の世界にしかない。自身の制約と誓約をことさら強めたところで、現実社会にとっての捨てキャラクターとして生存を脅かされる機会のが多いのだ。

覚え死にゲーで先に死んでくれる人々のありがたさ

 本のなかでは道具に頼ったり、無難なコミュニケーションをするための方法などが挙げられていくが、個人的には酒と睡眠薬の問題が刺さった。

 眠れない深夜3時にウィスキーとエナジードリンクをちゃんぽんしながら書く企画書はその行為自体が悦楽になりえるが、身体も成果物もボロボロになる。酒と睡眠薬はマズロー欲求の一番下のレイヤーに直結しかねないが、制約と誓約の効果は特にない。

 「死ぬ気でやれよ死なねえから」が嘘になってしまった世界。失敗は怖くないが、再起不能<リタイア>は怖い。普通のことができない人間にとっての人生は、自分にだけに発動する初見殺し罠がいくつもある覚え死にゲーなのだけど、先に死にながらも攻略方法や復活の呪文を残してくれる存在が可視化されることで助かることもある。本書にもある通り、生存はすべて優先する。やっていきましょう。