太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』公式が勧める3Dプリンターとオンデマンド製造時代のファングッズ在庫のリスクテイキング

プロジェクト・ヘイル・メアリー 上 (ハヤカワ文庫SF)

公式が「3Dプリンター」と検索させた日

3月から全世界で公開中のSF映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が大ヒットしており、日本でもSFマニアを中心に人気だ。僕もIMAXで観て、劇場のグッズ売り場を探したのだけど、日本で買えた公式グッズはパンフレットだけだった。日本では権利の問題で、日本ではそれ以上のグッズを展開できないとのこと。

そして4月6日、その日本の公式アカウントがAmazonで「3Dプリンター」と検索した結果のリンクを無言で投稿していることに面白さを感じた。グッズを売る権利がないから、代わりに3Dプリンタを使えと言っている。そもそも映画小道具自体が3Dプリンタで作られたことからデータはあったのだろうし、映画の主題との相性も良い。

ネットプリントではプリクラのようにシール印刷ができる機種が出てきているし、時間と共に高機能化していくであろうことを想像するとコンビニの複合機に3Dプリンタ機能がつく日も、そう遠くないのかもしれない。フィジカルAI元年と呼ばれる2026年、僕たちはすでに日常の中で「転送」を体験し始めている。そうなったとき、Amazonはコンビニ3Dプリンタがない時代の「ゆっくり配送方式」になっていくのかもしれない。

以前から、3DプリンターはIPグッズと相性が良いと思っていたが、地域権利の迂回にまで使える可能性についてはあまり考えてこなかった。

地域制限という物理的なDRM

デジタルコンテンツの世界では「地域制限」は当然の概念だ。NetflixやApple TVで観られる作品が国によって異なる。ゲームのDLCが日本では配信されない。PlayStation の時代にはCD-ROM自体にリージョンコードが焼かれており、他リージョンのソフトを動かすためには改造基板を物理的に刺す必要があった。それは違法改造の文脈で語られたが、本質的には「地理的な制約をハードウェアで突破する装置」だった。

物理的な商品も地域制限から逃れていない。版権者が国ごとに流通を絞ることで、日本の特定ショップの限定グッズ、ディズニーランドでしか手に入らないぬいぐるみ、欧州モデルのフィギュアカラーといった地理的希少性が生まれる。eBayや代理購入サービスがその壁を半分だけ溶かしてきたが、物が実在する以上、地理は制約であり続ける。

つまり物理的な商品には製造地域、販売地域、流通網といった三重の壁があったが、版権者側はSTLデータの流通をあえて止めない判断をしている場合が多い。ただし、そのデータをDMM.makeで造形依頼しようとしたユーザーが断られるという事態が起きてもいる。DMM.makeは2026年4月3日に公式声明を出し、こう述べている。

弊社の利用規約および著作権法を踏まえ、権利の保護と公式側の意図に沿うための対応として、一律でお断り(キャンセル)をさせていただいております。

「弊社の利用規約および著作権法を踏まえ」という書き出しが示すように、これはDMM.make側の自主的な法的判断だ。権利者が公式にデータを開放したにもかかわらず、印刷という行為の権利関係が整備されていないために、サービス提供側が動けなかった。版権者がSTLデータを開放できているのは、「どうせそんなに作られないだろう」という前提があるからなのかもしれないが、そこの整備に踏み込むことに一定の商機があるようにも感じた。

すでに映画館によってはコーヒーのオリジナルラベルを印刷できる機械を入れているところもあり、ちょっとした公式グッズ体験として映画版権を利用しているところもある。その延長線上として映画館が3Dプリンタを持ったり、アクリルスタンド、Tシャツ、マグカップなどをオンデマンド印刷できる設備を持つ未来が近いのかもしれない。映画鑑賞前に注文すれば鑑賞後には出来上がっていることにプレミアム価格をつけても良い。

物理在庫ファングッズのリスクテイクが変わる日

ファングッズのビジネスはリスクテイクの連続だ。映画公開に合わせてフィギュアやアパレルを発注し、倉庫に積み上げる。興行が外れれば売れ残る。ビレッジヴァンガードのアウトレットで90%OFFで投げ売られているグッズはBS上の在庫評価が崩れた結果であり、常に除却損を抱えている。製造・輸送・保管・値引き・廃棄、物理在庫にはすべての段階でコストとリスクが乗る。だから地域ごとに販売権を絞り、ライセンシーに在庫リスクを負わせる構造になっている。

権利という観点では、プリントデータは明示的なコントロール対象になる。版権者がライセンスを持ち、誰が印刷してよいか管理できる一方で在庫リスクという観点では話が逆転する。印刷データの配信に倉庫はいらないし、輸送費もかからない。売れなかった在庫が残ることもないから除却損も発生しない。これはライセンシーにとってグッズ展開のリスク構造が根本から変わることを意味する。

経済合理性で考えれば、グッズの印刷データを展開して地域ごとのオンデマンド製造に向かうのは自然な流れだ。地域制限の壁が下がるとすれば、権利者自身が「展開しない理由がない」と気づくからだろう。ヘイルメアリーの公式アカウントが「3Dプリンターで検索してみて」と示唆したのは、その萌芽かもしれない。STLを全世界配信して各国のコンビニで印刷させる仕組みが整えば、地理的な希少性をわざわざ維持する意味は薄れていく。

現時点でDMM.makeのような事例が起きているのは、その移行期の摩擦だ。権利者がデータを開放しても、印刷サービス側の規約が追いついていない。「公式配布データ=印刷許諾」という等式がまだ法的に確立されておらず、サービス事業者が自衛的にグレーゾーンを避けている。

歴史を振り返ると、VHSやCD、MP3プレイヤーのような再生機器が普及するたびに著作権法は改正を迫られてきた。映画などの版権を取り扱うオンデマンド印刷サービスも同じ道を歩むことになるだろう。映画館の体験に映画グッズのオンデマンド製造が入る時代は法やガイドラインの整備の先に待っている。ある意味では iTunes が出てきた時代が繰り返されているのかもしれない