太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

『カメラを止めるな!』に描かれる野戦昇進の爽快さと危うさ

カメラを止めるな!

カメラを止めるな!

 映画館で『カメラを止めるな!』を観ていたのだけど Amazon Prime で無料になったのでもう一度見直した。当時はリピーター客が多くて序盤の伏線で「分かっている笑い」をされてちょっと嫌だったのだけど、確かに二回目こそが面白い映画ではある。

 中川家が第一回M1グランプリの最終決戦で導入をミスるネタをやって、本当にミスったのかネタだったのかよく分からない空気になってしまったのだけど、初めての観賞はそのような空気を含めての体験となっている。

野戦昇進映画としての『カメラを止めるな!

 映画としての構造だとかは散々語り尽くされているのだけど、個人的にこの映画は「野戦昇進」を描いた映画であると感じている。

 例えば戦闘の初期において、戦艦の艦長幕僚が全滅してしまい生き残った最高位の人間が少尉というケースだが、この場合、軍隊はその少尉を一時的に大佐の階級につけて艦長にする事によって不具合を是正する。このように、戦争時において階級下位の軍人を一時的に職掌相応の階級に昇進させて空席を埋めることを野戦任官という。

 「野戦昇進」や「野戦任官」という言葉を知ったのは『皇国の守護者』からなのだけど、なんらかのトラブルによって上のポストが空いて、実務的には優れていた下士官が一時的に昇進して苛烈な指揮を取るイメージだ。

 生放送でゾンビ映画という荒唐無稽な企画を他の監督や脚本家から断られて再現ドラマ担当だった日暮隆之が請けているし、イケメン俳優と女優が事故に巻き込まれたことで日暮隆之と妻の晴美が俳優として出演。腰痛カメラマンの交代もそうだし、現場スタッフの指揮が真央に移るのもそうだ。

急に大役を振られる爽快感と危うさ

 なんらかのトラブルがあっても「カメラは止めない!」を徹底した結果として、これまでその役になかった人々が緊急事態の野戦昇進としてひとつ上のロールを任命される連鎖反応が起きて破茶滅茶な映画が撮られていくというのが『カメラを止めるな!』の爽快さを産んでいる。

 実際、デスマーチと呼ばれる過酷なプロジェクトの進行においてはマネージャーが倒れたり、テックリードうつ病発症したりといったトラブルが起こり、結果として優秀な現場メンバーのロールを一時的に昇進させるといったオペレーションが発生する事もある。

 そんな状況になった時に著しい成長をしながら実際にやり遂げる人もいれば、潰れてしまう人も出てくる。映画の中だから結果として全てのパターンで「これはこれであり」になっているし笑える内容になっているのだけど、それを「素晴らしい事」と思ってしまうとちょっと危うい。

コンフォートゾーンを抜け出した先に

 とはいえ、どこかでロールの階層を引き上げていかないと成長も止まる。「能力主義の階層社会では、人間は能力の極限まで出世する。したがって、有能な平構成員は、無能な中間管理職になる」というピーターの法則は一方では真実だが、昇進させずにコンフォートゾーンに止まり続けるのも損失ではある。

 奇しくも『カメラを止めるな!』のプロジェクトそのものが結果として、監督としてのステージも俳優としてのステージも引き上げた。可能であればコンフォートゾーンを抜け出す方法は野戦昇進ではなく計画的偶発性の範疇でありたいと思ったりもするけれど。