太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

『初恋ハラスメント』感想〜必死のラブコメ回避ば〜じょんでセンスのない呪ハラをする弱者男性は救いたい顔をしていない

『初恋ハラスメント』

【お使いの端末に不具合が生じた場合、健康を害する可能性がございますので直ちに視聴をお止めください】
「再会した初恋の先輩は 地獄の上司になっていました。」
学生時代の初恋の先輩の春太(小宮璃央)へ、想いを伝えられなかった夏樹(吉田伶香)
社会人となり運命の再開を果たすも、優しかった春太は地獄のパワハラ上司になっていた!?
甘酸っぱくて、ちょっと社会派!?これが令和の恋愛ドラマ!

 X(旧Twitter)で不穏な投稿や一部のCMでの写真映り込みが話題になっていた流れで観た中京テレビの『初恋ハラスメント ~私の恋がこんなに地獄なワケがない~』をTVerで観た。

『放送禁止』は、フジテレビで不定期にやっていたフェイクドキュメンタリードラマであり、「事実を積み重ねることが真実に結びつくとは限らない」をテーマにしている。あくまで普通のドキュメンタリー番組のテイで放送しながら、いくつかの不審な点や違和感を伏線につみかさねて取材対象者の異常な行為や精神構造が明らかになっていくのだけど、そこに明確な答え合わせはない。

 個人的に好きな『放送禁止』っぽくなりそうだったので、SNSリアルタイムで観たかったが、中京テレビ。ちょっと遅れての視聴になってしまったもののローカルテレビ局の番組がオンデマンドで観られるのはありがたい。SNS上でも放送翌日にこそ盛りがっていたので、地上波xTVer時代ならではのバズ導線や企画運営がうまくいっていることを興味深く感じた。以降、ネタバレを含む。

放送直前特番の嫌な雰囲気

 番組自体は、放送直前特番とドラマ本編の二部構成。放送直前特番のドキュメンタリーはまさに『放送禁止』っぽいモキュメンタリー。インタビューで不安そうな顔の小宮璃央と対照的な吉田伶香。映り込んでる暴力や台本に書かれた「最低」の文字。監督の吉田伶香へのボディタッチや媚びた顔などで枕を匂わせているのがもう辛い。

 その上で、元ホラー担当のあんまり仕事のできなそうな助監督の菅沼がやばそうなオカルトグッズを持っていたり、吉田伶香にすら蹴られていたり、クランクアップに菅沼の遺影が映り込んでスタッフがシラケ顔になっていたりと嫌な空気。告発動画が一時的にアップされていたのも不穏。ちなみに監督の名前で検索しても誰も出てこない。エイプリルフールにはまだ早いけど、そこは流石にか。

 暴力を振るっていた監督が手紙で「自分は不器用で口下手」だと書いてきたり、吉田伶香が「菅沼さんはみんなのマスコット」と言ったり、ハラスメントをシュガーコーティングするための言葉使いが、なんともリアルでざわざわする。本作では明確に暴力が映り込んでしまっているのアレだけども、あんまり仕事ができない人の弱い部分を分析してあげつらったことがないなんて言えない自分にも居心地の悪さがある。

アップデートされていないハラスメント感覚を自覚させる

 そこから始まるドラマ本編はハラスメントを苦に自死を選んだであろう菅沼の「めちゃくちゃにしてやる」宣言と、ハラスメントを題材にしたヒヤヒヤするドラマが交差する。いかにもな平成風ラブコメが理不尽ホラーになっていく感じは大川ぶくぶの『星色ガールドロップ』から『ポプテピピック』へのメタモルフォーゼを思い出してほっこり。

 ドラマの舞台が営業中心のインターネット広告代理店っぽいのも電通の高橋まつりさん事件を想起させるし、サイバーの「会社は学校じゃねぇんだよ!」あたりも影響してそう。ただし、ドラマ上は残業代が出ないからと19時に帰宅命令されたり、怒鳴ってプレゼン資料を作り直させたりする程度で、確かに嫌な感じだけども少なくとも小宮璃央については地獄とかパワハラというのが難しい塩梅になっており、本当のハラスメントは取引先やさらに上の先輩の問題になっている。

 現実世界においてはちょっと前まではタイムカードだけ切って過重労働させたり、就職の口利きでホテルに誘ったりみたいな話が大問題になったからこそ働き方改革が政府主導で進んできたわけだし、ドキュメンタリー部分では暴力や人格否定があって、ドラマ程度の描写でハラスメントか?と思ってしまう本来的には不適切にも程がある感覚を突いてくる。  

呪いにもセンスを求めるハラスメント

逃走シーンに流れる『天国と地獄』(運動会のアレ)、いらすとや画像の貼り付け、そして急な川口浩探検隊ブラック企業ドキュメンタリー風味などなど映画本編のタイムラインは変えずに拡張現実的な演出が入るだけで良い意味で台無しになる。

 本編のホラー演出は『初恋ハラスメント ラブコメ回避ば〜じょん』とでも言うべき拡張現実的なノイズや映り込み加工で、「菅沼を探せ!」になっていたし、ハラスメントを語る吉田伶香への「お前が言うな!」には爆笑してしまった。怖さへの期待値があったので残念なところはありつつも、明確にやりすぎるぐらいじゃないと本気にされて抗議の電話が来ちゃうというコンプラが前提にありそうだが、メタ構造を含めると味わい深くも感じた。

 つまりは「センスがない」「やめちまえ」という言葉によって苦しめられた菅沼は死後の呪いによってドラマへの介入をしたところで、やっぱりセンスがなくて怖さや必死の想いよりも滑り芸的な冷笑をされてしまう。その一方で、ハラスメントのロジックを維持した脚本でも美男美女のスローモーションや音楽や方言などによってなんとなくの感動ドラマとして成立させる演出センスが作中の監督にはあるという対比になっている。漫画原作改変とかもスコープに入ってるのかな。

ハラスメントと批評の隘路にのせられる

 センスのない呪ハラをする弱者男性は救いたい顔をしていない。だけども、呪いにもセンスが求められる時代というのは、「もっと面白い遺書を書け」というレベルで死体蹴りをしているし、必死の訴えを嘲笑することこそ「同罪」だと菅沼は言っているのだろう。この作品の実質的な監督は『恐怖人形』の宮岡太郎だが、いわゆる邦キチ案件としてインターネット等でろくに見てもいない人からさえ気軽にいじられがちだったという現実もメタフィクションとしての居心地を悪くする。

 呪い演出を後から付与するより怪奇現象などでグダグダになった部分が本編に映り込みつつ、どの舞台裏モキュメンタリーが始まる『カメラを止めるな』構造のがよかったのに、なんて言うのもハラスメントになってしまうのか!?みたいな隘路を作りだしつつ、ハラスメントについて分かっているつもりで分かっていないまま新社会人を迎え入れる自分の感覚を見直す意味で、「ちょっと社会派」なのかもしれない。総合点としてすごく面白かったわけじゃないけど、思わず語りたくなると言う点でうまく手のひらにのってしまったなと。