太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

永田希『積読こそが完全な読書術である』感想〜書庫という開かれた可能性の集合体を RAG 可能なビオトープとして愛でる

積読こそが完全な読書術である

積読こそが完全な読書術である

読めないことにうしろめたさを覚える必要などない。
まずはこの本を読んで、堂々と本を積もう。
気鋭の書評家が放つ、逆説的読書論!
情報が濁流のように溢れかえり、消化することが困難な現代において、 充実した読書生活を送るための方法論として本書では「積読」を提案する。
バイヤールやアドラーをはじめとする読書論を足掛かりに、 「ファスト思考の時代」に対抗する知的技術としての「積読」へと導く。

積読こそが完全な読書術である』(イースト・プレス、2020 年)は、書評家・永田希による読書論である。本書は積読を「罪悪感の対象」から「知的戦略」へと転換する画期的な視点を提示し、情報過多時代における新たな読書の在り方を探求している。

「人間が読んでいない状態=『積読』の状態のままで、書物は言うまでもなく完結しています。」という逆説的な主張を軸に、書物の本質的機能、情報の濁流への対処法。そして 21 世紀における知的自立の方法論を展開する。完全な読書の不可能性を前提に、積読を「開かれた可能性の集合体」として捉えることで、読書文化の新たな地平を論じている。

書物の二重性——保存と消費の狭間で

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トム・スタンデージ『謎のチェス指し人形「ターク」』感想〜「出来らぁっ!」から始まる機械知性 250 年間の Fake it till you make it.

謎のチェス指し人形「ターク」 (ハヤカワ文庫NF)

250 年前のチェス AI とバズったタークの正体

ヴィクトリア朝時代のインターネット』著者、もうひとつの傑作。18 世紀のウィーンにチェスを指す自動人形(オートマトン)が現れた。あまりに優れた性能のためたちまちヨーロッパ中で話題になるが、その真相は? 荒俣宏推薦「早すぎた人工知能の歴史としてフルコース料理級の満足感がある」

18 世紀後半のウィーンで花開き始めたオートマトン技術について「陛下がいまちょうど目にされたものより、自分ならもっと驚くような効果を発揮し完璧に人を騙せるような機械を作れると信じております」と啖呵を切ったヴォルフガング・フォン・ケンペレン。

半年後、本当にチェスを指すオートマトン「ターク」を完成させ、当時のヨーロッパ中で権力者から科学者、一般市民まで熱狂したり疑ったりの大論争となるのだけど、この瞬間から始まる 250 年間の「機械 vs 人間」「本物 vs 偽物」「透明 vs 不透明」の攻防戦こそ、現代 AI 革命の起源がある。

この時点で、『美味しんぼ』の山岡士郎であり、『スーパーくいしん坊』の鍋島香介のように「出来らあっ!」で苦悩する現代のスタートアップ起業家そのものの姿に一気に話に引き込まれる。"Fake it till you make it."(できるまで、できるふりをしろ) の精神は 250 年前から変わらない。

まるでエドガー・アラン・ポーのミステリ小説

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御田稔, 大坪悠『やさしい MCP 入門』感想〜コンテキストエンジニアリング時代に有用なコンテンツと本というメディアの不整合

やさしいMCP入門

やさしい MCP 入門

AI エージェント時代の標準規格 MCP(モデル コンテキスト プロトコル)の入門書。 大バズりしたスライド「やさしい MCP 入門」の著者が新技術の基礎をやさしく解説。

2025 年の初頭から SNS や仕事先でも聞かない日はなかった MCP(Model Context Protocol)。2024 年 11 月に Anthropic が公開してからわずか数ヵ月で、OpenAI、GoogleMicrosoftGitHubAWS、Atlassian など大手企業が次々と対応を表明し、自分自身としても何かしらできないかと模索していた。

そんな中で出版された『やさしい MCP 入門』は、MCP の基礎から実践的な活用方法までをわかりやすく解説しており、技術者だけでなく非技術者にも理解しやすい内容となっている。正直なところで「MCP は AI 用の USB-C ポート!」と言われたところで何も腹落ちできなかったが、その先の説明を読んでいくうちに、MCP の重要性とその背景にある技術的な意義を理解することができた。

エージェンティックな AI アプリケーションの開発において重要なのが "コンテキストエンジニアリング" であり、LLM が適切に動作するために必要なコンテキストを外部リソースや LLM 自体から作り上げる処理に焦点が移ってきているようにも感じるが、その基盤として MCP は欠かせない標準規格になるべくしてなったのだと腹落ちできる。

MCP が変える AI 連携の世界を基礎の基礎から

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廣田龍平『ネット怪談の民俗学』感想〜インターネット老人会語りをしたくなるネット怪談の変遷とシミュレーション仮説の認知戦

ネット怪談の民俗学 (ハヤカワ新書)

インターネットの進化とともに歩むネット怪談

空前のホラーブーム、その源流がここにある。
ネット怪談はどのように発生し、伝播するのか。きさらぎ駅、くねくね、リミナルスペース……ネット民たちを震え上がらせた怪異の数々を「共同構築」「異界」「オステンション(やってみた)」など民俗学の概念から精緻に分析、「恐怖」の最新形を明らかにする

怪談やオカルトについて、その実在性については卒業してしまったのだけれども、未だに関連情報を読み込んだり、イベントや展示会などに参加したりしたくなる魅力がある。ある種の感情操作の極北としての表現であったり、出自や変遷の経緯を辿っていくエンターティメント性に惹かれるからだろう。

本書は、ネット怪談の発生と伝播のメカニズムを解明する試みであり、民俗学の視点からその構造を分析する本であるが、怪談そのものの歴史ではなく、インターネットの進化とともに歩んできた「ネット怪談」の変遷を追体験できる内容になっている。

きさらぎ駅、くねくね、コトリバコ ── 90 年代後半からパソコン通信や匿名掲示板で囁かれ始めたネット怪談は、ここ 30 年間で高精細な画像やライブ配信動画、そして生成 AI によるディープフェイクや SNS などにメディアを乗り換えてミームを伝播してきた側面がある。

到達不可能なアーカイブと初出のロンダリング

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もはやマヨネーズあえ麺っぽいデニーズの飯田商店監修オリエンタル冷やし豆乳担々麺と「監修」による攻めた企画の通し方

デニーズのオリエンタル冷やし担々麺にハマっている

ここ最近、ハマっているのが、デニーズのオリエンタル冷やし豆乳担々麺だ。ファミリーレストランで麺類を食べたいと思うこと自体がなかったのだけど、毎週末になると妙に食べたくなってしまう。セットのドリンクバーも頼んで、食後にゆっくりと読書をしている時間も楽しい。Kindle があれば、ファミレスは実質漫画喫茶となる。

デニーズの冷やし担々麺は、飯田商店が監修したというので試しに頼んでみたのがきっかけだ。固めで喉越しの良い細麺にパクチーや揚げ白玉団子や大ぶりの海老フリットなどが美味いのだけど、何よりも驚くのはマヨネーズを思わせるほどに濃厚な豆乳スープに黒酢の酸味やオリエンタルなスパイスが効いており、スープというよりも酸っぱ辛いマヨネーズタレを絡めた麺を啜るような背徳感である。付け合わせの唐揚げもライムの酸味が効いている。

苦手な人は苦手だろうし、そもそもこれは担々麺なのか?と思いつつも、子供の頃から冷やし中華にマヨネーズと和辛子をたっぷりかけて食べるのが好きだったので、そういう人には異常に刺さる味であった。SNS の反応を見てみると案の定での賛否両論で、よくもファミレスの期間限定看板メニューとしてこんな攻めたメニュー設計を通したものだと感心する。

冷やし中華にマヨネーズ」の起源と広がり

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