太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

エフェクチュエーション風呂敷畳み人型のプロジェクトマネジメントをしたい

「畳み人」という選択 「本当にやりたいこと」ができるようになる働き方の教科書

確定拠出年金の画面で見覚えのある図形を見つけた

確定拠出年金の「ターゲットデート型」を紹介する日経の記事を見かけて、そういえば自分も意識的にターゲットイヤーファンドを設定していたことを思い出した。

「DCは毎月定額の掛け金で金融商品を購入する積み立て投資の一種だが、長期の視点では投資対象の分散がカギになる。長い投資期間を確保できる若年層は期待リターンが大きい株式を積み立て、リタイアが近づくにつれて債券の割合を徐々に増やしていくのが基本的な考え方だ」

ターゲットイヤーファンドとは、退職予定年などの目標年に向けて運用会社が株式と債券の比率を自動的に調整してくれる投資信託だ。若いうちは株式比率を高めてリスクを取り、期日が近づくにつれて債券比率を高めて安定運用に切り替える「グライドパス」と呼ばれる資産配分の推移を辿る。

「グライドパス」の語源は飛行機の着陸進入角度であり、目的地に向けて徐々にリスク資産の高度を下げていくイメージなのだけど、資産残高シミュレーションとしては着実に積み上がるが年次につれて徐々に振れ幅が少なくなっていく不確実性コーンと同じような形になることにフェチズムを含めて腹落ちしている。

目標逆算ではなく今ある手札で畳む

40歳を超えてしばらく経ってみると、そろそろ風呂敷を畳まないといけないという意識が出てくる。安斎勇樹氏の言う「目標逆算型か、興味探究型か」で言えば、若い頃は探究型でよかったものが、徐々に逆算型に寄せていかないと着地できなくなる。キャリアにせよ資産形成にせよ、「とりあえず広げてみる」だけが許される時間が着実に減っていることを意識せざるを得ない。

かと言って40を過ぎてから目標逆算型に必要なスキルの不足を埋めるのも現実的ではない。経営学にはコーゼーション(目標逆算型)とエフェクチュエーション(手段駆動型)という2つの意思決定理論がある。

コーゼーションは目標を設定してから手段を逆算する思考法であり、エフェクチュエーションは手持ちの手段から出発して予測不能な未来を創造していく思考法だ。探究型で増やした手札を使って広げた風呂敷を効果的に畳む。目標逆算でも単純な探究回帰でもない、今の手札で何ができるかを考えるエフェクチュエーション的な発想こそが、40代のグライドパスなのかもしれない。

締切駆動開発のグライドパスを設計する

この「増やした手札で畳む」という発想は、ソフトウェア開発プロジェクトにも敷衍できる。Deadline Driven Development、締切駆動開発。

納期から逆算してスケジュールを引き、間に合わないと分かっても締切を動かさず、品質を犠牲にして帳尻を合わせる。鉄のトライアングル(スコープ、時間、リソース)のうち時間だけを固定して残りを無視する開発スタイル。とだけ聞くと頭が痛くなる。

不確実性を減らすための過程こそがエンジニアリングである。経営と生産を結びつけて確実に不確実性を減らしていく共通言語として管理会計があり、それでも残ってしまう課題のためにこそ創造性が必要となる。

しかし、ターゲットイヤーファンドの構造を借りて再解釈すると、締切駆動開発の活かし方が見えてくる。問題は「締切を設定すること」ではなくグライドパスが設計されていないことだ。ターゲットイヤーファンドが期日に向けて段階的にリスク許容度を下げていくように、ソフトウェア開発でも期日に向けた不確実性の削減戦略があるべきだ。

初期フェーズでは技術検証や要件の探索といった手札を増やす活動に投資し、中盤でアーキテクチャを固めて実装に集中し、終盤では広げられた手札を畳むバグ修正とリリース準備という安定運用に移行するプロジェクトマネジメントが望ましい。最初から仕様をガチガチに決めても面白んないサービスしか作れない。

フェーズ ターゲットイヤーファンド ソフトウェア開発
初期(期日まで遠い) 株式比率高め、積極運用 技術検証、要件探索、プロトタイプ
中期 株式と債券のバランス調整 アーキテクチャ確定、実装集中
終期(期日が近い) 債券比率高め、安定運用 バグ修正、リリース準備、品質担保

スクラムのスプリントはこのグライドパスを2週間単位で繰り返し適用する仕組みとも言える。各スプリントがミニチュアのターゲットイヤーファンドとして機能している。

風呂敷を畳む時間軸を準備するから広げられる

グライドパスの本質をもう少し掘り下げたい。ターゲットイヤーファンドの初期フェーズで株式比率を高めに取れるのは、期日に向けて確実に安定運用へ移行するという「畳み方」が自動的な運用方針として設計されているからだ。探索で増やした手札を使って畳めるという信頼がなければ、最初から広げることもできない。

ここで重要なのは、金融におけるリスクの定義だ。リスクとは「下がること」ではない。「変動すること」だ。そしてリスクを取る者にはリスクプレミアムが支払われる。変動を受け入れた者だけが、安定資産では得られない超過リターンを手にできる。ターゲットイヤーファンドが初期フェーズで株式比率を高く取るのは、損する覚悟をしているのではなく、変動の振れ幅の中にこそリスクプレミアムが眠っていると知っているからだ。

ソフトウェア開発における探索フェーズも同じだ。不確実性が高いということは、想定より悪い結果も、想定を超えた発見も、同じ振れ幅の中にある。生成AIの登場でこの構造がより鮮明になった。Claude Code やCursorを使えば discovery/xxx ブランチを大量に切って技術検証やプロトタイプを量産できる。

編集工学としての風呂敷畳み人

僕自身もdiscoveryブランチを量産しては半分以上を捨てる日々を送っている。しかし探索で生まれた全てのブランチを本番に詰め込んでも、使いこなせないし、完成も保守もできない。あくまで探索によって増やした手札から main ブランチにマージするものを選び取ってリリース日を迎える必要がある。

「選択肢を作る」と「選択肢を選ぶ」は別の能力だ。前者は探索(Exploration)であり、後者は深化(Exploitation)となる。設楽悠介氏は「畳み人」という概念を提唱し、広げられた風呂敷を実行可能な状態に落とし込む人材の重要性を説いている。

ビジネスにおいて「突飛なアイデア」という大風呂敷を広げる経営者やリーダーを「広げ人」と仮に定義するならば、僕が本書で定義したい「 畳み 人」は、仕事のアイデアを形にし、着実に実行に移す仕事人のことです。 リーダーに対する「名参謀」や「右腕」のような存在 と言ってもいいでしょう。  広げ人が仕事のアイデアをゼロから生み出す「0→1の人」だとすれば、畳み人はその1を 10 にも100にもする仕事です。

本書においては広げ人と畳み人が別という論調であったが、AI等によって風呂敷を広げるコストが劇的に下がった現代においては、自身の中での比率を時系列で意識的にコントロールすることが望ましい。広げて畳むセルフサービスにこそ価値がある。

松岡正剛の編集工学で言う「何を載せないか」の判断も、手に入れた手札から畳む行為であるが、その前提として風呂敷を広げる編集会議がある。雑誌の編集長が紙幅の制約や入稿締切の中で特集を落とすように、リリース日に向けて discovery ブランチを捨てる比率を増やしていくが、それができるのは既に紙面に入りきらないほどの材料があるから編集する価値があるということだ。

風呂敷の畳み所に迷うのが中年の危機

何にせよ、意識的に選んでいた確定拠出年金が、プロジェクトマネジメントの教材として機能し始めたのは想定外のリターンである。投資利回りよりもこっちの方が含み益が大きいのかもしれないというのは言い過ぎだけど。

などと言いつつ、諸々の環境が自分自身の経験や特性にすごく有利な状況にあるような妄想が膨らんできている。このまま社畜としての安定運用に寄せるべきと思いつつも、職種転換願いやら社内ベンチャー公募やら、LLM無職や独立起業よりは狭い風呂敷をフワフワと広げ始めてしまいがちな時期。ミドルエイジクライシス。

それもまた今の手札で何ができるかというエフェクチュエーション発想だと個人的には思っているのだけど、個別株でした損を投資信託で取り返している自分の「これならイケる」という感覚ほどアテにならないものもない。