かっぴー『左ききのエレン』
朝倉光一は、大手広告代理店に勤める駆け出しのデザイナー。いつか有名になることを夢みてがむしゃらに働く毎日だった……。もがき苦しむ日常の中で、高校時代に出会った天才・エレンのことを思い出していた。
グラフィティアートやファションモデルの天才たちを横目で見ながらも何者にもなれない学生時代を経て広告代理店のデザイナーとして働く日々。Youtube によるゲリラ的なバイラルマーケティングやバンクシーの登場などを交えたキラキラな世界を描きつつも、その一方で社内政治のゴタゴタやクライアント営業として誰かを照らすための落とし所を探っていく展開。
そもそも美大を卒業してクリエイティブ職に抜擢される時点で凡人ではないのだけど、だからこそ埋められない差や、それを縮めようもない業務に消耗していく自分に気づいてしまう残酷さ。
天才になれなかった側の負け方
天才を取り巻く凡人の追体験漫画としては『[asin:B01JIC5TFG:title=ハチミツとクローバー]』に近いのだけど、アートと混同してはいけない広告クリエイティブの世界だからこその到達点がある。著者は元東急エージェンシーのクリエイティブ職とのことで、汐留や赤坂の流儀とはまた違う広告代理店の裏側についてリアリティを持って描いているように思える。
天才だからこその奇人ぷりや希死観念として発露する強すぎる制約と誓約を恋愛という「堕落」によって解呪させたい、つまり天才として死ぬくらいなら凡人として生きてほしいという世界がある一方で、「さっさと現実を見ろ」と言われ続ける世界もある。大澤真幸は「現実逃避とは現実への逃避である」と喝破したが、いつかは甘美で荒涼とした現実に逃避することで社会生活を歩めるようになる人間がほとんどだ。
完璧なものは共感して自分の言葉にはならない
完璧なものは憧れるけど…!!! 心を動かすけれど…!!!
共感して自分の言葉にはならないんです!!!
バンクシーについてただ純粋な絵画としてのみで評価をすることは難しい。共感は逃げ道でありながら、それ以上の効用をもたらす現実がある。そもそも広告クリエイティブはクライアントやエンドユーザーありきの商品であり、有用性の呪いから逃れることはできない。
天才同士の作り出す完璧な世界の構築と、それに共感性を獲得させ、商品化していく調整作業のぶつかり合い。そもそも自分が表現したくてたまらない原体験は自分の観ている世界への共感が欲しかったのではないか。
奇しくも作画担当がついたリメイク版が少年ジャンプ+で連載されている構造もまたこの作品の味わいを深めている。原作版はスピンオフを除いて Kindle Unlimited で無料なので気になる人は一気読みされたし。