太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

Web3をロールバックしてWeb2.1ブランチからやり直そう

ウェブ進化論――本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)

ゼロ年代に戻りたい

このツイートを見て、ゼロ年代に提唱された「ゲームプレイワーキング」という概念が思い起こされてきた。ゲームプレイワーキングとは東浩紀らが「ギートステイト」というプロジェクトで提示した概念で、「労働がゲームそのものになる」という未来像である。

前回の記事でギートステイトについて書いたこともあって、ゼロ年代への郷愁を感じている自分がいる。Web 2.0、マッシュアップ、フィードがGoogleを超える、トーナメントからバトルロイヤルへ、新本格ミステリの条件、ハイテンションな自己啓発。あの頃のインターネットには、まだ見ぬ未来への期待があった。

『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』では、ノスタルジーに囚われた大人たちが「20世紀」に回帰しようとする。僕自身、あの映画を見たときは「懐古厨乙」ぐらいの感覚だったのだが、ひろしの涙を他人事として見ていた僕たちが、気づけばひろしの立場にきてしまったということなのだろう。2026年2月から放送開始の『名探偵プリキュア!』では、主人公が2027年から1999年にタイムスリップするという。今度は平成というゼロ年代前後への懐古が子供向けコンテンツのモチーフになる時代が来ている。

作品 放映年 親世代 郷愁の対象
『オトナ帝国の逆襲』 2001年 団塊世代 万博の時代(1970年)
『名探偵プリキュア!』 2026年 氷河期〜ゆとり世代 1999年/ゼロ年代

決定的な違いは、子供達と一緒に観るであろう親の世代が変わったということだ。かつて「懐古厨乙」と冷笑していた側が、今度は懐古される側になった。ゼロ年代、テン年代ときて、2020年代には思想的なディケイド表現がない。語呂の悪さやコロナ禍による断絶もあるだろうが、「令和」という元号にディケイド表現を取られてしまった側面が大きい。

Web2.0に戻りたい

もっとも、現実のゼロ年代が良い時代だったかと言えば全くそんなことはない。就職氷河期は継続し、ブラック労働は常態化し、2008年にはリーマンショックが直撃した。派遣切り、年越し派遣村、自己責任論。インターネットの片隅でWeb 2.0の可能性に胸を躍らせている間も、現実は普通にしんどかった。

ノスタルジーとは常に美化された記憶だ。『オトナ帝国』でひろしが涙したのも「匂い」によって呼び起こされた美化された過去だった。僕たちがゼロ年代に感じる郷愁もまた、辛かった現実を捨象した上澄みなのだろう。それでも、あの頃のWeb2.0には確かに何かがあったと思いたい気持ちがある。

それに対してWeb3は決して僕たちのものではなかった。仮想通貨やブロックチェーンは投機の道具になり、NFTは転売ヤーの玩具になり、メタバースには酔ってしまうから入れない。「みんなで作る」というWeb2.0の理念を継承するはずだったWeb3は、結局のところ「みんなで儲ける」話にすり替わっていき、自分の居場所はなくなったかのような感覚があった。

Web3には全く興味が湧かなかったが、ここのところのAIの進化とそれに付随する変化を妄想するのはWeb2.0黎明期の頃のワクワクが戻ってきている感覚もある。オープンAPIやスクレイピングをプロンプトされたユースケースに応じてMapして、機械学習モデルにReduceさせるという観点ではWeb2.0のリブートであるからWeb2.1ぐらいの感覚。Web3はロッキーでいえば5だし、ハロウィンでいえば2。「なかったこと」ではないが、メインブランチではなかったんだなと思ったりもする。

しかしながら、ここのところのAIエージェントの発展でWeb2.0的なものに対する現実味が随分と上がってきているようにも感じている。GTD、不確実性コーン、ギートステイトといったゼロ年代の思想や技術は、それに付随して蘇ってきているだけなのだ。

Claude Code もタスクリスト機能の拡充をしており、コンテキスト集中をシーケンシャルにしつつ時系列で不確実性コーンを狭めていくスクラム開発などの人間的な技術がAI駆動開発にこそ有効であるからこそ普遍的なものであると主張できる一定の意味と価値がある。

Web3をロールバックしてWeb2.1ブランチからやり直そう

ゼロ年代に夢見られていたことの多くが、AIエージェントによって実現しつつある。マッシュアップは、複数のAPIを組み合わせて新しいサービスを作るという発想だった。今やAIエージェントがMCPを通じて複数のツールを組み合わせ、人間の指示に応じてマッシュアップを即座に実行してくれる。集合知は、Wikipediaやはてなブックマークのような「みんなで作る」仕組みとして実装されていたが、今やLLMがインターネット全体の知識を圧縮し、対話を通じてその集合知にアクセスできるようになった。そしてAIエージェントのマルチオーケストレーションにおいて、Map-Reduce的な発想が形を変えて帰ってきている。

だからこそWeb3ではなくWeb2.1なのだ。AIエージェント時代は、Web2.0の延長線上にある。ブロックチェーンによる分散化ではなく、LLMによる知識の集約と再配布。トークンエコノミーではなく、コンテキストエンジニアリング。NFTの所有権ではなく、特化型のコンテキストとスキルの構築。ゼロ年代に培われた「オープン」「シェア」「マッシュアップ」の精神が、形を変えて復活している。

『オトナ帝国の逆襲』でひろしは、ノスタルジーの誘惑を振り切って現在に戻ることを選んだ。僕がゼロ年代に感じるのは、単なる懐古ではない。あの時代に芽生えた可能性が、20年近くの時を経てようやく花開こうとしているという感覚だ。ゼロ年代に戻りたいのではない。ゼロ年代の夢が叶う時代に、ようやく辿り着いたのだ。今こそ、Web3をロールバックして、Web2.1ブランチからやり直そう。