太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

おかしいのは世界なのか自分なのか悩み始めたラーメン味覚障害者と特製ラーメンの罪

ラーメン発見伝(1) (ビッグコミックス)

ラーメン食べ歩きにピンと来ない

 『ラーメン発見伝』や『らーめん才遊記』を読み直したのをきっかけにラーメンの食べ歩きをゆるゆるとしていたのだけど、正直なところでピンと来る店がほとんどなかった。人気店だったり、レビューが高い店で食べているのだから、おかしいのは世界なのか自分なのか悩むこととなった。

 特製ラーメンにしたら1000円を超えてくるし、麺やスープや具にこだわっているのも分かるが、どうにも味に一体感がない。自家製麺、ダブルスープ、味玉、角煮、チャーシュー。どれも美味いがスープを直接飲んで具を別皿で食べた方が美味いような気がしてくるのだ。端的に言うと麺を啜った時に味がしない。

ラーメン味覚障害者になってしまった

 つけ麺で美味いところはあるし、家系ラーメンの固め濃いめ多めの早死に三段活用は相変わらず美味く感じるのでラーメン自体が嫌いになったわけではないのだけど、どうも麺に絡んだスープの塩味が足りないと感じる閾値が上がってしまったのだと感じる。

 スープは動物と魚介が合わさって強い旨味を感じるが、麺との絡みが甘くてスープが持ち上がらない感じ。他の店でも時々あるのだけど、残念。湯切りの問題なのか。

 7年前にも同じような感覚になっていたことを思い出したのだけど、ラーメンになるとタレをスープで割るから最初からスープ割りをされているように感じてしまうのだろう。どろどろの濃厚魚介豚骨つけ麺だったり、塩気が多い家系ラーメンばかり食べてきた弊害によるラーメン味覚障害者になっているのかもしれない。

特製ラーメンの罪と情報を食べること

 そもそもラーメンを食べること自体が非日常であるし、せっかく遠征したのだからと具が多い特製ラーメンを頼んでしまいがちなのだけど、それも良し悪し。味玉もチャーシューも美味いのだけど、そこで強い塩気や美味みを感じてしまうと、麺に絡んだスープという味わうべき箇所が相対的にぼやけてしまう。ただでさえ舌が鈍っているのだ。

 少ない機会を最大限に活かすために「1000円の壁」を超えて頼んだ特製ラーメンが想定的に満足度を下げてしまう皮肉。つけ麺に追加の具は頼まないし、家系ラーメンはご飯とほうれん草だけあれば良いか。いくら食べ歩きをしようが美味いと思えるラーメンに出会えない可能性が高い悲しみと、何も考えずに濃厚魚介豚骨つけ麺、家系ラーメン、時々天下一品で満足できるんだから、それで良いじゃんという安心感が同居する。

 『ラーメン発見伝』の蘊蓄を蘊蓄でしか語れないのはまさに「情報を食べている」のに情報すらも美味しく感じられなくなってしまったラーメン味覚障害。どれだけ情報を仕入れて精神を高揚させても身体的には「分かっていない側」になってしまうのは何とも奇妙な感覚だ。