太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

秦本幸弥『かいぜん!~異世界コンサル奮闘記~』〜なろう系ビジネスライトノベルは課題の前提が違うから面白い

かいぜん!

 ここ最近はITエンジニアというよりも、ビジネスサイドに移って商品設計や業務プロセス改善などを担うことが多かったのだけど、財務会計やマーケティングなどの専門知識が付け焼き刃すぎて苦労することが多かった。

 ビジネス書というと創業者の自己満足的な本が多くてあんまり得るものがないという偏見があったのだけど、論文として認められているような各種のビジネス理論はまさに「技術」と言ってもよい。

 『かいぜん! ~異世界コンサル奮闘記~』は異世界に転生した元コンサルタントが、この「技術」を活用して中世ファンタジー世界のお店を次々に繁盛させていくなろう系小説である。こう説明すると能力ギャップを使った「俺つえ〜」だと思いがちだけど、ファンタジー世界は制約条件と最大化条件の前提が違うところが面白い。

ファンタジー世界にフィットさせるコンサルティング

 中世ファンタジー世界ではガスや電気の代わりに魔法石が使われているし、食材調達はモンスターから。識字率は低いし、娯楽のための釣り道具よりも武器購入が大事。魚を運ぶのに必要な冷蔵技術は氷魔法。なによりも日々の暮らしに精一杯で庶民が貧乏なのは仕方ないという諦観が残ってる世界。

 もちろん、それぞれの事象は現実世界にも近しいものがあるけれど、そのままではうまくいかなったり、最適化の余地が残る。使ってるビジネス理論自体は基礎的なものばかりだし、打ち手がドンピシャで当たるのはいかにもなろう系小説感だが、だからこそファンタジー世界の事象にあわせてフィッティングさせていく部分が楽しい。

 例えば、新人冒険者にとって高価な武器が分割払いで売れるようになったとしても債務不履行になるリスクが高い。言われてみれば当たり前だけど、新人エンジニアに MacBook Pro を分割払いで売るアナロジー通りにはいかないのだ。ダンジョン探索とブラックSESに近しいものがあっても死亡率や報酬未払い率は随分と違う。

異世界転生としての現場

 そもそも現実世界で担当する会社や商品の前提条件は様々であるし、その文化も様々だ。そして現場にある程度の「かいぜん!」効果がでてきたら、既存メンバーに業務を移管して次の現場に移っていく。著者の本業はITコンサルタントだそうなのだけど、そういう意味では異世界転生に近しい感覚を感じていたのかもしれない。

 貧すれば鈍する。貧乏暇なしというけれど、どうにも忙しくてギスギスしているわりに利益が低くて給料を据え置かざるを得ない現場は、業務プロセスやビジネスモデルが非効率なまま諦観している文化が多いように思われる。売上優先の御用聞き営業で利益率が低すぎたり、ちょっとの工夫で自動化できるような業務に人海戦術が使われていたり。そこには解きほぐすべき固有の前提条件がありがちだ。

 ビジネス理論も情報技術も魔法ではないけれど、付加価値労働を正常化させるための知識とその浸透には魔法のような効果が期待できる。異世界も現実も「かいぜん!」は簡単ではないけれど、ちょっとやる気がでる小説であった。