太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

福本伸行『賭博黙示録カイジ』電子版全巻605円セールで改めて体感する初期カイジの凄み

f:id:bulldra:20210415211651j:plain

賭博黙示録カイジのセール

 これまでカイジシリーズについてサウナやネットカフェなどで何度も読んでいたものの、改めて買おうとなると尻込みしていた。それが Kindle セールで賭博黙示録シリーズ全巻が605円になっていて購入した。3巻までは誰でも無料。Kindle Unlimited でお金を払えば全巻無料。

 『賭博黙示録』において描かれるのは「未来は僕ら手の中」と言いながら酒を飲みながらギャンブルをしている導入部からエスポワール号での限定ジャンケンにスターサイドホテルでの鉄骨渡り、そしてEカード。スピンオフが出るほど人気になった帝愛グループの中間管理職である利根川を宿敵としてひりつくような心理戦の連続とサラリーマン名言の数々。

借金状態での限定ジャンケンの完成度の高さ

 エスポワール号に乗せられるのは借金によるものだが、この借金はバイト仲間の連帯保証人になっていたことが原因であり、カイジ自体の借金ではなかった導入部。その理不尽に押し付けられた借金を背負わされた前提で、さらに軍資金を利率1.5%の10分複利(!)で借金させられて限定ジャンケンという未知のゲームが始まる状況。

 カードの流通量が鍵となる限定ジャンケン自体の構造把握はもちろんとして、「各自ご自由に判断しお使いください」というヒントの通り、明確に示されたルールを反しなければ買収だろうがなんだろうが選択肢のひとつに過ぎないと気づいていく二重の気づき構造。

これは『ピクニック』の中にある「読者への挑戦」とも思える文章であるが、二周目になると意味が分かることが多い構造は『こちらあみ子』にも現れる。逆に言えば一周目の読者はあみ子よりもほんの少しだけ周りが見えていただけで、相対的に狭い環世界の中に囚われていた自分自身の認知の狭さを客観視できる仕掛けがあるのだ。

 さらには勝ち残っても結局借金が残るなら負けに準じた結果になってしまう心理的な枷や裏切りなど2回目だからこその面白さもある。注意深く読めばカイジが愚かにも思えるのだけど、自分が予備知識なしにエスポワール号に乗っていたら、早々に同じような罠にハマって養分になっていたのだろう。そんな中でもなんとか生き残るどんでん返しの嵐。

利根川のサラリーマン名言が光る鉄骨渡り

好む好まざるに関わらず、人は……
金を得るためにその時間……人生の多くを使っている
言い換えれば自分の存在……命を削っている……!
存在そのものを「金」に変えているんだ
つまり……人は皆……サラリーマンも役人も……みんな命がけで金を得ている……!
気が付いてないだけだ
極端に薄まっているから
その本質を多くのものが見失っているだけ……

賭博黙示録 カイジ 7

賭博黙示録 カイジ 7

Amazon

 高層ビルでの鉄骨渡りという命を賭けた2000万円のギャンブルに対して言われるこの台詞。普通のサラリーマンが2000万円を貯金するために費やした10年余を一時の競技に濃縮するなら命自体を賭けるしかないと続く。

 それ自体は詭弁だし、時に24億円なんて金額が飛び出す世界観であれど、数万円単位の勝ち負けでも熱くなってしまうサラリーマンの現実世界においては分かりみが深い。一夜にして2000万円なんてのは命に匹敵するような相当なリスクをテイクしないとできないことだし、逆に2000万円を失うのは自分の10年間を失うようなものだ。

利根川との直接対決を行うEカード

 他にも様々な名台詞が飛び出してくるのだけど、決して帝王学ではない地に足のついた中間管理職的な実感が篭っているのが面白い。そんな利根川との直接対決が最後に描かれる。圧倒的な心理戦と鼓膜を賭ける恐怖感。

 個人的には興醒めするトリックが重要になってきたりするのがもったいないが、最終勝負のカタルシスと誰もが聞いたことがあるだろう「焼き土下座」もここ。その後に利根川は出てこないのだけど、スピンオフがあるというのは説明した通りだ。会長とのティッシュ箱くじも蛇足感あるが、どうしても戦っておく必要があったのだろう。

ハンチョウが出てくる『賭博破戒録』もおすすめ

 賭博黙示録カイジはEカードと会長とのくじ引き対決で終わるのだけど、次シリーズの地下帝国編も面白い。自分にとっては一番好きなキャラクターで利根川と同じくスピンオフが出ているハンチョウとのチンチロリンだ。

賭博破戒録 カイジ 1

賭博破戒録 カイジ 1

Amazon

 『賭博破戒録』シリーズも3巻まで無料。4巻以降も308円とこちらもセールの対象。ギャンブル自体もそうだけど、タコ部屋を彷彿とさせる搾取構造や労働の後のビールに溺れていくシーンも好き。皮肉も鉄骨渡りとは逆に薄めた状態で命を削っていく感覚。

ネタバレになってしまうが、ある1日では公園でニットの毛玉をとりながらゆっくりと時間を潰し、サラリーマンで混み合う平日昼の立ち食い蕎麦屋でビールを見せつける。リフレッシュ休暇中にオフィス街でランチビールする時の優越感と罪悪感を見事に描く漫画も面白いが、もし自分が1日外出したら?の妄想を助けるツールにするのも楽しい。

 ハンチョウとの対決は「賭博破戒録」の5巻まで。個人的にはこの巻までが初期カイジとしての崇拝対象。仕掛けもテンポも良いし、ビールが飲みたくなってしまう。何にせよ、初期カイジは凄みがあるし面白いと改めて感じることができた。最新シリーズは読んですらいないけど。