太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

旅行カバンの底に忍ばせる黄金本の情緒

I just got this amazing gift: an extinct 82' Dunhill Estupendo #Cuban #cigar, almost worth its weight in gold.

旅行カバンの底に忍ばせる黄金本 

 椎名誠がエッセイで旅行にもっていく本の按配について書いていて面白かった。

 長い旅行に持っていき、ミステリーやSFを読んでしまって、ああ、あと何かないか!というときにヒョイとこれを”最後の一冊”というような按配で手にしたら、仕方なく読み出すのではないか、ということで、この黄金の配分比の中にいつもかならず名作古典を我ながらじつにわざとらしく、かつさりげなく一冊だけしのび込ませることにしているのである。

活字のサーカス―面白本大追跡 (岩波新書)

活字のサーカス―面白本大追跡 (岩波新書)

  • 作者:椎名 誠
  • 発売日: 1987/10/20
  • メディア: 新書

 椎名誠の場合は1ヶ月以上の海外旅行が多いし、当時はインターネットがない時代だから持っていった本だけが読める日本語となる。持っていった本を「読み干して」しまうのは、水を飲み干してしまうかのように辛いから、最後にモンテ・クリスト伯などの読み応えがある名作古典を黄金本としてもっていくという。最後の1冊まで至ることはほとんどなくて読めてないそうなのだけど。

気づけば軽い本ばかり読んでいる

 僕自身も旅行にいく目的の半分は読書というところがある。移動中やホテルで読むための本をナップザップに詰め込む作業が楽しかったのだけど、KindleとiPhoneの本体さえあれば「本棚全部入り」になってしまった。そもそもTwitterなどがあるので、日本語を飲み干してしまう感覚すらない。その気になれば仕事さえできる。

 その影響からか漫画や新書など、旅行中であっても読む本は普段の延長線上にあるような気がする。カバンの底に忍ばせる黄金本の情緒とは程遠い。そもそも自分の部屋には本棚がないし、独り呑みやカフェでもKindleが出てくるのは変わらない。

 そう考えるとインターフェイスとしての「文脈の違い」が減ってしまったのかもしれない。もちろん旅情自体の文脈はあるのだけど、限られた資源をやりくりする感覚が失われてしまった。そろそろ高校時代から読破したかった『失われた時を求めて』と着替えだけをナップザップに詰めて旅をしたい。