太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

「できてしまうことはやって良い」というゲームの裏技に対する倫理と高校生がLINE公式アカウントのアイコンを変更して書類送検される距離

ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)

LINE公式アカウントのアイコンを変更して書類送検

それぞれ自宅のパソコンを使い、日本やシンガポールにあるLINEの画像サーバーに不正に接続した疑いがある。接続後、LINEの三つの公式アカウントと個人3人分のアカウントのプロフィル画像を、歌手の吉幾三さんやタレントのマツコ・デラックスさんに変更していたという。

 上記のようなニュースがあったのだけど、高校生は別にハッキングをしていた訳ではなくLINEの画像用サーバーに脆弱性があるという情報を試してみたらできてしまったという状況である。

 もちろん広く使われているサービスの公式アカウントを改変したら業務妨害になりうるし、いきなり法律の話になるのは当たり前なのだけど、これが15年前ぐらいに学校のLANに作れたチャットツールの話であればゲームの裏技のような感覚でやっていたかもしれないし、ちょっとした叱られで済んだ事だろう。

できるからやってよかったゲームの裏技

 このような悪戯は別に利得だとか悪意だとかを意図していることはあまりなくて、「(開発者の想定どおりかはさておき)プログラム上でできてしまうことはやっても良い」という倫理の元でゲームの裏技を探したり、試してみるような感覚に似ていると思われる。

 少なくともコンソールゲームであれば所持金を最大値まで増やしたり、ドリルを防具として装備したり、悪魔の胸当てを無限回復アイテムに使ったことがある人は多いだろう。その世界の物理法則すらも支配する神(≒プログラム)が可能にしていることは「やっても良い」ことなのだ。

 ネットワークゲームであっても、BANのリスクはあれど金銭のやりとりや外部チートツールなどでない限りはリアル人格の法律の問題にまで至ることは稀だ。

ソフトウェアのコードよりも法律のが強い現代

 もちろん、店番が見ていなかったから万引きしても良いというということにはならない訳で、「できてもやってはいけない」ことのが世の中には多いのだけど、ことソフトウェアの世界には「できてしまうことはやって良い≒対策を取ってないのが悪い」という倫理が残っている気分になってしまう事がある。

 仮にガバガバなソフトであっても、それを不正アクセスしたら逮捕される現代においてはソフトウェアのバグよりも、法律のバグを狙った方が逮捕にはいたらないのかもしれない。

いきなり全世界に繋がってしまうインターネット

 そのような前提に立つとスマートフォンゲームの「裏技(不具合)」でアイコンを勝手に変える事とLINEの「裏技(不具合)」で公式アカウントのアイコンを勝手に変えることの距離はそう離れていないと誤認してしまう可能性もある。自分が高校生の頃にやらかしていない可能性がゼロではない気がするのだ。

 この辺りの線引きというか、リスクについては脅迫めいたケーススタディを何度もやってあげないと踏み抜いた時に負わされる傷が深すぎる。まだ書類送検段階なので前科にまではならない可能性があるけど、書類送検されたという記録は一生残る。

 これまでは学校でのやらかしレベルで済んだような話であっても、いきなり全国レベルの報道や書類送検に接続されやすくなったのはバカッターと同じだが、それにしたって「プログラム上でできてしまうことはやっても良い」という倫理は本当に危なかっしい物になったし、「意図せずできてしまうこと」が若者の将来を奪う可能性も考慮した方が良さそうだ。

CODE VERSION 2.0

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