太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

石黒正数『外天楼』感想〜エロ本、宇宙刑事、ロボット、クローンの全てが1巻完結で回収されていく気持ちよさ

外天楼 (講談社コミックス)

外天楼で会いましょう

 『外天楼』は『ネムルバカ』や『それでも街は回ってる』の作者による日常系ミステリー短編集……に見せかけた壮大なサーガである。書評を書くには、どうしてもある程度のネタバレを含んでしまうし、1巻完結なので未読の方にはぜひ読んでいただきたいと思う。

 拾ったエロ本が破かれていた謎や、宇宙刑事と戦闘員の闘いに巻き込まれて発生した殺人事件などのシチュエーションで展開されるミステリーが『世にも奇妙な物語』のような感じで続いていくのだけど、見たことのある登場人物や「外天楼」というアパートへのデジャブが伏線になって怒涛の回収がなされていく。

ロボットやクローン技術が発達してからのミステリー

 ミステリー作品は、ある一定のルールの元で書かれる事が前提となっている。そもそも殺人は犯罪であるといった前提が議論に先駆けて擦り合っている必要があるのだ。

 内田樹は議論を行う前には、「先だって議論のルールがすりあっている必要がある」という事を言っている。つまり、「矛盾した事を言ったら負け」「人格批判は別物」だとかそういう価値観とルールが暗黙的であれ、明示的にあれ、すりあっているからこそ議論が成立するわけである。

 これを突き詰めると、例えばミステリー小説が成り立つのにはそもそも「ここは地球と同じ物理法則で、殺人は悪であり、その動機やトリックを見つける必要がある」といった価値観とルールのすり合わせが先立って行われているといえる。

 しかし、ロボットやクローン技術が発達していくと、そもそもの倫理観や刑法などにも影響がでてくるわけで、単純なミステリーとしての「誰がどうやって?」を回答するだけでは足りなくなってくる。

再読も楽しい

 怒涛のラストを読んだ後に再読すると、ロボットやクローン技術などの近未来的な設定が当たり前のようにミステリーの要素になっている事や「10年後」「常にアイスを食べている少女」「感情を持つロボット」などの個々の短編にある演出が、ここに繋がってたのかというのが読み取れるようになって楽しい。よく出来た映画は2回目以降の鑑賞こそが楽しい体験になる事が多いのだけど、それと同じだ。

 二回目に読むとこの文章が効いてくる。単にひとつの読書履歴が追加されただけではなくて、いろいろなことがわかってからが本番であるという点である種の「ループもの」である。

 冒頭のお気楽さが、ラストになるにつれて急激にシリアスになっていくカタルシス。良くも悪くも強引に辻褄合わせをした部分もある感じだし、ミステリーの伏線としてはアンフェアなので読む前から答えを予測するのは不可能に近いと思う。それでも、最初から意図されたパズルがカチッとはまるように感じさせる力量がすごいし、読後の満足度が高いのでおすすめである。