太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

過去遡及型パノプティコンと公正世界信念によって増加する感染経路不明者

ホビージャパン パンデミック: 新たなる試練 (Pandemic) 日本語版 (2-4人用 45分 13才以上向け) ボードゲーム

コロナウイルス感染への巻き込まれリスク

 コロナウイルス感染者が自宅待機要請を無視して居酒屋やフィリピンパブに行って消毒騒ぎみたいな話があったようなのだけど、「要請」には法的根拠がないし、物理的な拘束や監視がなければ誰かがやらかすのも時間の問題だったのだろう。

 それはそれで救いのない問題なのだけど、一番しんどいのは偶然フィリピンパブに居合わせた他の人々だろう。正直に名乗りでれば会社や家族から白い目で見られ、正直に名乗りでなければさらに被害を拡大しかねない。フィリピンパブにはギリギリセーフとギリギリアウトが混在するのも難しい。

監視社会におけるかりそめの倫理

新型コロナウイルスの猛威に、風俗業界でも衝撃が走った! 大分市は3日、市内の30代女性が新型コロナウイルスに感染したと発表。それだけではなく女性の勤務先が同市都町にある「ラウンジ サザンクロス大分」であることも公表したのだ。ラウンジとはキャバクラのような形態の店のこと。感染拡大防止のためとはいえ、思わぬ“店名さらし”に、風俗嬢たちが恐怖におののいて悲鳴をあげている――。

 キャバクラでの感染公表も行われている。さらに濃厚な接触をする性風俗でも起こっているのかは分からないけれど、行動公表に躊躇がないことは分かる。「感染の近くに居た事がわかったら前後の行動が公表されるルール」は確実に行動様式に影響を及ぼす。

 大前提としてセクシャルな要素のある店やイベントにはいけないし、同人活動やネット活動。宗教、政治、転職に繋がるような場所に行くことさえリスクとなる。女子プロレス観戦に性的な意味を見出していなくても、公表されればそういう扱いを受けるだろう。監視社会のかりそめの倫理として極めて保守的な行動を取るしかない。

監視社会ではなく監視可能社会

 現代は監視社会と言われているが、監視する側のリソースの問題として、「自分ごときには常時の監視がつかないであろう」という自由が両立する。フォーマルに振る舞うべき場所での規律が厳しくなるほど、そうでない場所では荒れたくなるのも人間だ。

パノプティコンは、円形に配置された収容者の個室が多層式看守塔に面するよう設計されており、ブラインドなどによって、収容者たちにはお互いの姿や看守が見えなかった一方で、看守はその位置からすべての収容者を監視することができた。

 監視側のリソース不足を悟られないための方法論として、「いつ見られているか分からない」と言う状況を作り出すのがパノプティコン監獄である。例えば期末試験中に教室の後ろからみられていると、前側にいるよりも「目を盗んで」のカンニングへの難易度と抑止効果が格段にあがる。

 現代の監視可能社会はランダム性に加えて「記録」という概念が技術的に可能となった。コンビニエンスストアの監視カメラ設置アピールも監視されている事自体よりも、監視可能な状態にある事や「問題があれば過去遡及して録画を確認する用意がある」という事を周知するためにある。

過去遡及型監視結果のランダム公開

 過去遡及型の監視可能性は「自発的な問題を起こさなければ関係ない」という楽観とセットにあった。しかしながら、新型コロナウィルスによって、周りに感染者が居たと分かった時点から過去に遡って監視され直される。それどころか広く公開されるリスクまで内包される。

 「偶然一緒に居合わせた」というランダム性まで社会的な死亡に至りかねない監視結果の暴露条件に組み込まれるのは疲弊する。別にコロナウィルスがなくても異性と濃厚接触するようなお店に行くことはないのだろうけれど、好奇心を満たすための冒険に出る妄想すらしにくい監獄に日本社会はなってしまったのだと感じる。

新型コロナウィルスの感染経路不明の増加

新型コロナウイルスの感染が拡大する中、感染経路を追跡できないケースが東京都内で増えている。感染者に対する保健所の聞き取り調査では、プライバシー上の理由などから十分な回答が得られず、感染者の詳細な行動、知人らとの接触の度合いなどを把握しきれていないという。懸念される夜の繁華街の感染に網がかけられず、大規模な感染の連鎖につながることが危惧されている。

 前述の通りに、感染が分かったことによって過去の行動を後から暴露されて責められる過去訴求型のパノプティコン監獄が誕生しているのだけど、現実の事態はもう少し単純にやるせないものだ。

 つまり社会的に都合の悪い行動については「記憶にございません」になるということだ。技術的にはキャッシュレスアプリやポイントカードの履歴、携帯電話のGPS情報、繁華街の監視カメラなどを突合すればかなりの部分までトラッキングできるはずだし、警察的な取り調べればをすればすぐに解明することであっても法律的な根拠がない。

公開報道と公正世界信念の悪魔合体

 報道の問題も大きい。正直に言うほどに社会的にも近隣者にも情報を暴露されて叩かれる可能性が高いのであればダンマリを決め込んだり、都合の悪い部分をカットした話をする側にインセンティブがある。自覚症状があっても診断を受けないまであるだろう。

「公正世界」であるこの世界においては、全ての正義は最終的には報われ、全ての罪は最終的には罰せられる、と考える。この世界は公正世界である、という信念を公正世界信念(belief in a just world)という。言い換えると、公正世界仮説を信じる者は、起こった出来事が、公正・不公正のバランスを復元しようとする大宇宙の力が働いた「結果」であると考え、またこれから起こることもそうであることを期待する傾向がある。

 人間には多かれ少なかれ公正世界信念があるから、「感染するということは軽率なことをしていたはず」という因果の飛躍とこじつけがあって、それは現時点で感染していない自分自身の恐怖を誤魔化すロジックとして強度を増す。現実の経路はランダム性が高いし、やらざるを得ない仕事に向かう通勤電車内である可能性も存分にあっただろうに。

自粛要請に付与される罪と罰

 そもそもの問題は自粛要請である。補償しないが自粛しろと言う話であれば個人の行動は制限できないし、ましてや取引先や会社の方針として「行動を制限するな」という規範の上書きができてしまう。現実問題としてかなりの数の中小企業にとっては目の前の資金繰りのが喫緊の問題に映るであろうし、ストレスからの衝動行動も人間としては分かる。

 過去遡及型パノプティコンと公正世界信念が強まるほどに感染経路不明者が増加して、自覚のない感染者や自覚があっても行動を変えない感染者がさらなる感染者を増やす。社会的な収束よりも自分自身の目の前の問題が大切だと思わせてしまう様々な施策や制度が逆効果に転じてしまっているという事なのだろう。

監獄の誕生<新装版> : 監視と処罰

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