新型コロナウィルスの感染経路不明の増加
新型コロナウイルスの感染が拡大する中、感染経路を追跡できないケースが東京都内で増えている。感染者に対する保健所の聞き取り調査では、プライバシー上の理由などから十分な回答が得られず、感染者の詳細な行動、知人らとの接触の度合いなどを把握しきれていないという。懸念される夜の繁華街の感染に網がかけられず、大規模な感染の連鎖につながることが危惧されている。
感染が分かったことによって過去の行動を後から暴露されて責められる過去訴求型のパノプティコン監獄が誕生していると以前に書いたのだけど、現実の事態はもう少し単純にやるせないものであった。
つまり社会的に都合の悪い行動については「記憶にございません」になるということだ。技術的にはキャッシュレスアプリやポイントカードの履歴、携帯電話のGPS情報、繁華街の監視カメラなどを突合すればかなりの部分までトラッキングできるはずだし、警察的な取り調べればをすればすぐに解明することであっても法律的な根拠がない。
公開報道と公正世界信念の悪魔合体
なぜこんな時に宴会やったの?えー、海外に行っていた!おまえがうちの会社第一号だぞ。合コンだとおお?
— 清水 潔 (@NOSUKE0607) 2020年3月29日
なんて先人がプライバシーをぶっ叩かれるのを見たら、もう何も正直に申告できなくなって、結果「感染ルート不明」…、なんていかにも日本的だね。
報道の問題も大きい。正直に言うほどに社会的にも近隣者にも情報を暴露されて叩かれる可能性が高いのであればダンマリを決め込んだり、都合の悪い部分をカットした話をする側にインセンティブがある。自覚症状があっても診断を受けないまであるだろう。
「公正世界」であるこの世界においては、全ての正義は最終的には報われ、全ての罪は最終的には罰せられる、と考える。この世界は公正世界である、という信念を公正世界信念(belief in a just world)という。言い換えると、公正世界仮説を信じる者は、起こった出来事が、公正・不公正のバランスを復元しようとする大宇宙の力が働いた「結果」であると考え、またこれから起こることもそうであることを期待する傾向がある。
人間には多かれ少なかれ公正世界信念があるから、「感染するということは軽率なことをしていたはず」という因果の飛躍とこじつけがあって、それは現時点で感染していない自分自身の恐怖を誤魔化すロジックとして強度を増す。現実の経路はランダム性が高いし、やらざるを得ない仕事に向かう通勤電車内である可能性も存分にあっただろうに。
自粛要請に付与される罪と罰
3月5日から欧州旅行した女子大生、大学は自粛要請してたのにってぶっ叩かれてるけど、自粛要請って「やめといたら?行くのは自由だけど」ってことなんで「自粛要請に逆らった」なんて日本語は成立しないわけですよ。この日本語、責任も保証もないのにこうして後付けで人を裁くタチ悪い万能語になってる
— CDB (@C4Dbeginner) 2020年3月29日
そもそもの問題は自粛要請である。補償しないが自粛しろと言う話であれば個人の行動は制限できないし、ましてや取引先や会社の方針として「行動を制限するな」という規範の上書きができてしまう。現実問題としてかなりの数の中小企業にとっては目の前の資金繰りのが喫緊の問題に映るであろうし、ストレスからの衝動行動も人間としては分かる。
過去遡及型パノプティコンと公正世界信念によって感染経路不明者が増加して、自覚のない感染者や自覚があっても行動を変えない感染者がさらなる感染者を増やす。社会的な収束よりも自分自身の目の前の問題が大切だし、そう思わせてしまう様々な施策や制度が失敗に転じているという事なのだろう。

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