書きにくい事が増えた
相変わらず出張。身体が悲鳴を上げている。いい加減に書き飽きた感もあるのだけど、日記とはそういうものなのだろう。日付と紐付けば、少なくとも当事者としては意味がある。ただ、この日記も他人に読まれる事が前提になってきていて、書きにくい事が増えたと感じることもある。そういう話を書くために ほぼ日手帳があるのだけど、他人が読めるフォーマットを整えるための作業を経ない言葉は「その後の私」が読んでも辛いから、一般論として感じた事を書いてしまうこともある。でも元になったことが「私だから話した」というやりとりに関しては、そもそも書くべきではない。
そういう意味では、あんまり他人との秘密や個人的なやりとりをする機会を増やさないようにしたいというのはある。どれだけ意識して書かないようにしようとしても、じぶんの書く事に影響が出てしまうし、それを止めることは難しいように思える。自分が信用できないし、そもそも信用されてない。あくまで僕が書きたいのは、それ自体ではなくて、それをきっかけに感じた事なのだけど、全体的に言語化できなくなってしまう。
何もしらない状態を作る
そういうのもあって、色々な出来事について具体的な話を知ろうとしないという態度で本当によいのかって自問自答をした時期もあった。過去の自分はこのように答えている。
そして他者からの直接的な根治治療を望む人は少ないし、それはリンダ・グラットンのいうところの「自己再生のコミュニティ」に求められる機能でもないように思われる。本質的な部分は公開されてログが残るような地獄インターネットの外側に用意すべきであろう。
これに対抗する手段のひとつとして「文化的雪かき」によって「一部のξレベルの問題をターミネート」し、それによって得た機会費用を配分してもらうという戦略を考えている。αレベルの問題について直接的な寄与はしないけれど、割り当てられるリソース量が増えれば倫理的問題を回避しつつ実現可能性を高める事ができる。
それ故、僕が人に何かを言うとしたら、「ちゃんと寝て」「ごはんを食べて」「歯磨きしよう」「椅子には拘れ」ぐらいしかないのだろうとも思う。それらは問題そのものには直接的には関係しないだろうけれど、立ち向かう力を少しだけ増やしてくれる可能性があると信じてる。具体的な話を何も聞かずに言えるのはそれぐらいだし、知りもしないで関係ありそうな事を言う方が混乱するだろう。幻想の期待を抱かせるのばかりがうまくなっても、準備をさせないで荒野に放り出すだけである。
愛される為に愛する人は見てわかる。親切をされている最中もこれだけやったのだからわかってるわよねという重圧を感じる。取引の世界を生きている人はただ与える事ができない。全てはリターンを得る為にやる。愛情すらいつか返ってくる為にそそぐ。
— 為末 大 (@daijapan) June 9, 2014
それは僕自身にも言える。『ネットと感情がダイレクトに繋がっている時にこそ睡眠と炭水化物は大切なのだろう - 太陽がまぶしかったから』はネットの外でも同じ。とりあえず寝よう。明日のために今日は早く寝よう。僕は自分の事だけで精一杯であるべきで、他人の実存にはほんの少しだけ善き寄与ができれば充分すぎるのだ。

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