差出人不明のチョコレート
チョコレートを合法的に貰う方法を考えていただのけど、誰かから『ROYCE'(ロイズ) 生チョコレート [オーレ]』を送って頂いた。ありがとうござます。しっとりとした生チョコレートで幸せの味がする。
事前連絡がなかったし、届く前はメッセージに何か仕掛けがあるのかなって思っていたのだけど差出人やメッセージがなくて誰に頂いたかすら分かっていない。まぁ、なんとなくは分かっているのだけど、確証的な話がないので知らないフリをしておく。25歳ぐらいの文学少女だと妄想している方が楽しい。
男性を含めた誰かが「中の人」なんだろうけれど、そんなものは方法論的消去を行えば良い。品物は確かなメーカー品なわけで、そこにはなんのリスクもないわけで、頭の中のゴースト・チョコレイト・ディスコが鳴り響く。同じアホなら踊らなきゃ損損。
互いが互いのゴーストになること
日本人とアメリカ人に「まわりの人との協力関係を大切にしている」かどうか質問をしたんです。すると結果はほとんど差がなかった。むしろ…(略)ー山岸俊男さんー元記事 http://t.co/q4HT7sRPOu [ほぼ日手帳・日々の言葉・2014年2月16日] #techo2014
— ほぼ日刊イトイ新聞 (@1101complus) 2014年2月16日
個人主義と言われているアメリカの方が協力関係は大切にしているというアンケートが紹介される。これは自分の利益を最大化するためにこそ、周囲の力も必要になると身にしみているからである。自分で自分にチョコレートを贈るのはいくらなんでもつらぽよである。そんな簡単なことだって僕ひとりだけでは実現出来ないのだ。僕らに必要なのは、互いにゴーストとして「中の人」になってあげること。それはそれで、あたらしい「しがらみ」なのだろう。
匿名であるが故に債務も債権も発生しない。気づく事を期待されているのか、気づかない方がよいのか、気づいた上で気づかないフリをすることを求めているのかは正直分からない。ゴーストの意図を知るのが難しいのは難儀ではある。そうやって意識を向ける様が眺められれば充分なのかもしれない。少なくともブロードキャストでお礼を言っておこう。ありがとうございました。