太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

「しない」ではなく、「しすぎない」のための残機設定型目標

残機0!! ザンキゼロ(1) (ビッグコミックス)

人生の残機設定

 id:aniram-czech さんの『ほぼ日手帳2013 手帳に何書いてる? - チェコ好きの日記』に感銘を受けて、ほぼ日手帳にリスト作りをしている。もちろん、「やる事」は「やる事」で考えているのだけど、そうそう100個も「やりたい事」を思いつかなくて、代わりに「AをしていいのはX回まで」という「残機設定型」の目標が含まれるようになった。

 例えばラーメンを食べる頻度を健康の観点から減らしたいが、突然「もう食べちゃだめ」って決めたら悲しすぎるし、破ってしまうことになる。だからといって何も管理しなければ、変わりらない。そこで、「ラーメンを食べてよいのは年間10杯まで」と決めて、「正の字」を書くスペースを付けて管理することとした。まぁ既に破られてるので20杯、いや30杯まで……。

レコーディングダイエットとライフログ

 これはレコーディングダイエットにおける「1日1500kcal」の制限にも近い。とはいえ現実的に全てのカロリーを記録するのは難しい事もあって、あやふやな部分が出てきてしまいがちだった。

 なので特に身体によくなそうで、かつ僕自身が食べてしまいがちな飲食物の「種類」ごとの回数を縛るという方向にした方が良いのだろうと考えた。既にほぼ日手帳でどういう食事をしたかというのは記録はしているし、正の字があるので正確に把握可能だ。

 そうする事によって、ライフログがゲーム感覚になっていきますし、「ここで使ってしまうか?」というリソース管理の楽しみや、ちょっと遠出をしてでも評判の店に行ってみようという観点が生まれたようにも思える。

自分の気持ち至上主義と見せかけの豊富な資源

 もちろん、食べ物に限らない事についてもいくつか管理している。現代社会において独居をしていると、ある意味では欲望をそのまま成就しやすい状態にある。特に周りのコンセンサスを取らなくても同じ物を食べ続けたり、物を買い続けたり、寝続けていたりが欲望のまま出来てしまい、「ラーメンを500杯食べた」なんて方が取り上げられてしまいがちだ。

 それはそれで、自由で素晴らしい社会になったという事なのかもしれないが、近視眼的な欲望に飼い慣らされてしまっているし、未来から取り出せる資源は豊富に見えているだけであって、自身の残り時間は着実に減ってきている。「これが出来るのは、あと何回か?」は本当はある程度の範囲で決まっているし、「AをすればBは出来ない」っていう状況になってきているのに、見えないフリをしているだけだ。

回数を区切るからこそ1回1回を大切にできる

 であれば、そこをデフォルメしてでも可視化して「残機」を意識して暮らした方が良いのかもしれない。1回1回を大切にできるし、「3回まで」と言っているからこそむしろ1回もしないで終えたり、罪悪感によって心から楽しめないといった事を回避できるようになるとも思う。「1機目はチャレンジ」という事もしやすいし。

 そんな事を考えなくても大丈夫な人のが多いのだろうし、「そんな人生は窮屈だ」と思うのは分かります。あくまでゲーム脳の僕にとってはそういうやりかたのがうまくいきそうだということだ……今年中に酒を呑めるのはあと42回。