太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

全ては自分メディアへの養分とするために。でもそんなに育ててどうするの?〜ちきりん『「Chikirinの日記」の育て方』

「Chikirinの日記」の育て方

「Chikirinの日記」の育て方

 本書は人気ブログである『Chikirinの日記』が、どのような戦略をもって運営されてきたかの裏側が書かれた本です。KDPによる自費出版であり、レイアウトを含めて id:Chikirin さん自身がされたとのことです。

 その中の「気づき」については『2013-11-20』にまとめて書かれており、「自分でちゃんと体験して理解しよう」という意識を感じます。ブログの主張そのものについては大きく頷くこともあれば、それはどうだろう?って思うこともあるものの、そういう部分については素直に尊敬しています。

 私自身が大きく影響を受けたブログって話になれば、ちきりん、店長、シロクマ先生、ハックルさんは欠かせません。ちなみに商業出版だと岡田斗司夫内田樹栗本慎一郎あたり。彼らは凄く高尚なわけでも、常に正しいわけでもないのですが、だからこそ脳に染み込んでいって、反発を含めて影響を受けている部分があるんですよね。

ノウハウ本ではなく歴史的読み物

 あくまで個別のケーススタディであって、ノウハウではない事が強調されます。『2013-03-19』というエントリがあります。

ちきりんが「いまさら大企業に入ってどーすんの?」って書くと、すぐに「でも、ちきりんさん自身は、最初は大企業に入ったんですよね?」って言ってくる人がいる。


あんたね。


あたしが就職したのはもう30年近く前だよ。


明治30年

元サムライだった商売人: 「もうサムライの時代は終わった」

ぼく: 「でも、おじさんだって、最初はサムライになったんでしょ!?


そんなに武士になりたいか? - Chikirinの日記そんなに武士になりたいか? - Chikirinの日記

 それは9年前からの話をしている、この本にも似ています。経験から導かれたノウハウ本って「今できることなのか?」って視点から見ると弱い部分もあって、活用するなら今の状況に合わせてフィットさせる作業が必要となりがちです。この本についても「舞台裏を綴る歴史読み物」としての位置づけを明確にしています。

ちきりんによる、ちきりんファンのための本

 本書には、それなりには読んできたつもりの自分も初めて知るエピソードや舞台裏がありました。「ちきりん」の由来や会社や友人との話など。また同一人物説には全く触れずとも、そういう活動も匂わせていたりして、スーパーストロングマシンとしての活動に「お前、平田だろ」という無粋をしない友人達に感謝してるというのがちょっと面白かったです。

 そして「影響力の魔法」を正直持て余してる感じに大きく共感しました。ブログから収入も公開されてますし、それらのエピソードについては、ぜひ本書を読んでいただければと思います。そういう意味でも、ちきりんによる、ちきりんファンのための本です。後述しますが、それは彼女の思想からすると、大きなチャレンジなのだと理解しました。

全ては自分メディアへの養分とするために

 人気が出てきたブロガーについては単著を出したり、外部のメジャーサイトに連載を持つ事をひとつの目標にしている場合も多いかと思います。私自身にも商業出版かはともかくとして、そういう目標がありました。なので多少なりとも同人誌にライターとして関わってきましたし、BLOGOSに掲載されるようになった事も嬉しかったです。電子書籍などを出すのもよういでしょう。

 ちきりんさんの場合はこれとは逆です。あくまで「書籍を出すのもブログへの集客の手段」と考えているのです。単著があればリアルなビジネスの世界で信用力を得ることができますし、「ネットの人」以外にもリーチしやすくなります。その一方で書籍はあくまで「コンテンツの塊」であって、「発信できる場所」ではないため、自分の考えを広く読んでもらうにはむしろ不適格であると指摘します。

 ゴールは「Chikirinの日記を育てる」であって、全ては「自分メディアへの養分にできるか?」という軸で判断されています。「ブログを養分にする」のはなく、「ブログの養分にする」という事ですが、これは表紙の絵にも象徴されています。コメント欄やブックマークコメントの閉鎖についてすら、この軸で判断されているのです。

自己言及のスペシャリテ

 なので、この本は特別なんですよね。既存ファンしか買わないでしょうし、舞台裏を明かせば「レスペクトを換金している」と取られかねない可能性があります。しかし、KDPでそこそこの価格で売るにはそういう部分こそが求められているわけなので、既存顧客の認知バイアスをコントロールしつつも、なお質を下げないために記述を色々と工夫されたのではないかと思います。

 こういう部分を何度も書いてしまうと、本質的に伝えたいことが歪んで伝えられる可能性が増えていきます。それも演出?みたいな。言い訳をさせてもらうと私自身もブログ論そのものを書きたいわけじゃなくて、ある事象を説明するのに楽だから使うことが多いのです。仕事や資産運用の話になると具体的な話を書きにくいのですが、ブログで現実に開示されてる部分に例えた方が説得力を出すのに楽だったんですよね。ブログ論はブログ論それ自体として書いている側からすれば楽しいので、盛り上がっていれば参加する事もあるのですが、そういうリスクについて考えた方が良いのだと思います。ちきりんさんの軸からすれば、一回きりの事なんだなーってのを改めて感じました。

そんなに育ててどうするの?

 ただ、この本においても「そんなに育ててどうするの?」までは明確に語られていないし、本当にビジョンなんてないような気がします。彼女は一度読んでもらった人が二回目に見る時こそ気をつけて良いものを出せば固定読者が増やせると書いているのですが、私は敢えて緩いネタを出してます。それは、ちきりんさんには9年間があるけど、私には4ヶ月の蓄積しかないからです。はっきり言えば「まだ早い」という意識があるのです。私に限らず、もうちょっと続けてから判断してもらった方が互いにとって良いのではないかと考えています。いきなり賞賛されるのも、いきなりダメなレッテルを貼られるのも不本意です。

 特に偶然的にヒットした記事から読み始めた人は「固定読者」としては一旦離れてもらった上で、多少なりとも成長してから戻ってきてもらうと二度楽しめるのかなーと考えています。それまでに消えてしまうなら、互いになかった事にできるでしょうし、勝手に失望させるのも申し訳ないです。なんて話もあくまでKPIレベルの話であってKGIではありません。「本質的な目的なんて、本当はないものだからこそ大袈裟に語れる」ってテーゼは9年間続けても変わらないのかと思うと、奇妙な諦観と安心感を感じました。でも、大抵の事ってそういうものなのかもしれませんね。