太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

昔読んでた本の著者がTwitterで醜態を晒し始めた時の寂しさ

LEGO Twitter Fail Whale

Twitterで狂う元有名作家

 Twitterが開設されて以来、定期的に出会わすのが昔読んでた本の著者がTwitterで醜態を晒し始めること。ここ最近の出来事というよりも、当初からの問題であると認識している。タカシ会とかあったよね。

 差別的な暴言や空虚な自慢や無知の暴露はともかくとして、なかには統合失調症や虚言癖の症状まで見えてきて心配になる。小説家や漫画家であれば人格と作品の分離ができるし、芸能人には期待してないけれど、今まで読んできた実用書や人文書などの著者だったりすると切なくなってくる。

栗本慎一郎の思い出

 僕自身がそのような事象に出会った一番最初はTwitterができる前の栗本慎一郎。ポランニーを基礎に様々な学問を軽やかかつシニカルに繋げて見せるニュー・アカデミズムの切り込み隊長だったのだけど、宇宙意志バシャールとかユダヤの陰謀とか言い始めて、これまでの自分の熱狂はなんだったのかと思えてくる。

脳梗塞、糖尿病を救うミミズの酵素―秘密は血管を浄化するミミズの酵素にあった!

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 政治家転向や脳閉塞などを経てミミズ酵素に至るのもひとつの人生ではあるのだけど、色々と難しい。『パンツをはいたサル』は未だに面白いと思うけれど.

ほろ苦い読書遍歴

 そのような事象にあたりやすいのは僕自身の読書遍歴として「馬鹿にも分かる知的っぽい本」が多かったのも影響しているのだろう。教養コンプレックスの塊だった。

 佐々木敦の『ニッポンの思想』において、「現役の学者や学歴のある著者による分かりやすい言葉が逆説的にアカデミシャンの権威性を高めた」といった分析がされているのだけど、学問的な権威を保証している気分を維持しながら難しい概念を簡単に言い換えられる著者が持て囃されてきた歴史がある。

 元々はなんらかの学者だったとしても、著作を重ねて専門外のことを書いたり、簡便さのために正確性が疎かになることを許してきた著者だ。僕自身も恣意的に噛み砕かれた解説書だけを読んで分かった気になって、我田引水な理屈に誤用しがちなのだけど、校閲を経た本として残っているものにすらそういう内容がでてきがちだ。本家本元のフランス思想家でさえ『「知」の欺瞞』に刺されているのだけど。

生肉をそのまま食べてお腹を壊してしまう感覚

 放言的かつ扇情的な思考のなかから著作にふさわしい安全に面白い部分だけを切り取ってブラッシュアップしてきたから支持を集めたのだろうけれど、Twitterなどのリアルタイムで書いている内容には、その工程を経ない生の部分がでてくる。

 これまでは丹念にローストされた牛肉の赤身部分だけが切りとられて美味しいと思っていたら、生肉をどんと出されてお腹を壊してしまう感じか。 Twitterは意識的に運用しないと無防備になってしまいがちなメディアだし、そこまで期待すべきもない。

 発狂したアカウントは宣伝BOTよりも楽しいのだけど、いままでポジっていた知識がストップ安に落ちていく気分になってしまう。最初からまやかしだったのかもしれないけれど、騙すなら最後まで騙してほしかったなと。