太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

「私小説」によって導出された解決策が現実の問題と乖離していく

photo by the girl who owns the world

私小説としてのブログ

 何度か明言しているのだけど、このブログの執筆スタンスは「私小説」である。元になった事実が完全にないとは言えないが、それに対して想像し得る主観的な心情を描き出す事が「主題」であり、そのために描かれる物理的な事実は「従属物」となる。

 あらゆる部分に脚色や改竄が含まれているし、事前の仕込みや記事間の矛盾があるのも当然である。絵画で言うところの「印象派」であり、眼前の現実を正確に描写するよりも、記憶や動きを包摂した「印象」そのものを描き出したい。

 最近、「偽ライフログ」に興味がある。Facebookなどにポジティブな活動を「盛って」記録し続けてる人々が不思議だったであるが、後から読んだ時に「今の自分の気持ち」を高めるために使えるのかもしれないと気づいた。既に公開される文章では仮想人格になりきって書く事が多々あるのだけど、それが「本当の気持ち」だったと思う事があるのかもしれない。記憶なんて放っておけば都合よく改竄されていくのだから、出来る限りの整合性を満たしながら偽の記録を続けていれば、現実認識の言語論的転回が起こってしまうのかもしれない。

 はっきりと言えば、「ブログに書かれた世界と物理的な現実は別物」というスタンスが自分の中では当たり前になっている。端から現実に起こった出来事をトレースする気がないのだから、仮に似たような事を他者が連想したとしても「認識の相違」では片付けられない以上の食い違いがあるのは当然であるし、そこに登場する人間や法人格は虚構であって、固有名を持たせないようにしている。

偽ライフログと当事者疎外について

 もちろん、それを免責にし続けるのもマズい。「こんな問題があったけど、こうしたら解決できた」なんて願望まじりの思い込みの話を書いていっても、現実の問題とは乖離していく可能性があるし、それを読んでいいと思った人々に誤った道を勧める事にもなる。

 こと【あなた】がいる問題において、「心からの納得」と「形式上の納得」の切り分けを完璧に行うのは難しいし、もう「正解」を確認する事ができない過去の話であれば、演繹的に思い込んでいる自身の納得を開示しているだけであり、そんな話ではなかったという事にもなりやすい。

悩みを文芸的に表現するのは解決しなくてもよい問題だから

 また悩みを文芸的に表現しようとしている限りは、それだけの余裕があるという事でもある。クリティカルシンキングを放棄するという態度は、実際的な余裕の多寡ではなく「余裕があると思い込んでいること」を明らかにする。猫箱を開けない事で生まれる無根拠な楽観もありえる。

 ここに書くことを少し休んでいるのは、そういった事が影響している。少年漫画の文法で一人称の成長や納得を追求し続ける事も、第三者へ委ねる事を前提とした表現を磨いて三人称を追求し続ける事も、眼前にいる二人称の【あなた】を疎外する逃避行動である。【あなた】を疎外してもよいという判断がある限りにおいて、それらは解決しようもない。

「決断」とは誤った判断を後から正しいものにする努力の事

 この【あなた】は人間関係に限った事ではなく、それに集中して取り掛からなければ解決できない普遍的なトレードオフも含まれる。

「きみにはね、これでいいやっていう気持ちをもっと持つことが必要なんだよ。統計データはもっと少なくていい。事実というのは弱い者につけ込む。現実的な情報をこれでもか、これでもかと出してもくる。惚れ込むことのできる車がほしいなら――まずこの車だと決めて、それから事実を調べること。きみが車を選ぶんじゃない――車にきみを選んでもらうんだ」

(中略)

「ここで”試すこと”のご登場だ。地図を一切持たずに、ただ探検すること。きみは一連の姿勢が正しくありさえすれば、望むものは何でも手に入ると思っているかもしれない。だけどね、望みうる最良のものは、手に入れたものを好きになることなんだよ」

仕事は楽しいかね?

仕事は楽しいかね?

 岡田斗司夫も言う通り、「決断」とは誤った判断を後から正しいものにする努力の事である。しかし、心からの「努力」をするのにも一定の費用対効果を思い込めるだけの「幻想強度」が必要となるために、「判断の過程」が必要となる。

ブログの更新頻度が下がるよアピールとか必要ないんだけどね

 例えば、ここまでで暗黙のうちに開示された「費用対効果が見えなければ頑張れないのか?」という命題に正面から向き合わないまま、「私小説」を書き始めて第三者に向けた誤魔化しや突飛な屁理屈を考えようとするから自分の中の結論が狂ってしまう……という副作用に自覚的になってきているという事だ。まして、ダブルスタンダードや言行不一致への指摘なんかが結論に影響しはじめたら目も当てられない。

 そんなわけで、ブラックボックス的に進めるべきであると判断した領域にとりかかる時間が増えているというのが現状である。まだまだ仕事を抱えているし、温泉地へ療養には来週から行きたい。

一私小説書きの日乗 (角川文庫)

一私小説書きの日乗 (角川文庫)