太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

2017年のふりかえり

scoop shovel

2017年のふりかえり

 2017年がもうすぐ終わる。相変わらず本業は忙しいし、婚活する気分にもならないし、仮想通貨にも乗り遅れた。毎度毎度「まるで成長してない」という結論を付けざるを得ないのだけど、かといって大きく悪くなっているわけでもない。そこそこ本を読んで、そこそこ楽しめた。

 昨年以上にブログの更新が疎かになっていたけれど、本業や外部媒体において自分と関係しないことを書いてきた。 誰も見向きもされないような文章を、効率的に雪かきするように丁寧に書くこと。文化的雪かき。現実問題として万人のアテンションを全く奪えない文章を書き続けているのであれば、そこに使用価値は発生しえないが、具体的有用労働には対価が発生する。

サウナ、水風呂、外気浴

 今年はとにかくサウナにいる時間が多かった。仕事内容が高度化したり、少々込み入った人間関係の当事者となることは避けがたいが、苦痛はオプショナルだ。何もを考えずに汗をかき、身体を冷やし、苦痛を水風呂の底に沈める。

 マインドフルネス瞑想は様々なことを楽にするが、動物的憐憫までもを捨ててしまう。強くなることは、鈍感になることではないが、切断処理と儀礼的無関心を決め込む。

自分の世界をシュリンクさせる

 全体的に自分の世界をシュリンクさせる方向性に向かっている。この歳になっても選択と集中ができないのは逆に難しいだろう。できないことは、できないままだし、そのことに対する後ろめたい気持ちもない。

 キャッシュフローについても減らしている。今あるものをなるべく使うという話にすぎないのだけど、既に読みきれないぐらいの本があるし、Amazon Primeや格安SIMなどの状況もととのっているから必要なお金はどんどん減っている。後は美味い飯を食べて、寝具にこだわって衛生環境を多少なりもよくする。狭い方が片付けやすくもある。

生の実感はどこに生まれるのか

 もう少し世界を広くしたり、ハードルを高くすべきなのかもしれないと思いつつも、いくつかの事象をカチリとさせる役目のようなものをアブダクティヴな推論として想定することによって棄却される。

「書くというほどのことじゃないですね」と僕は言った。「穴を埋める為の文章を提供してるだけのことです。何でもいいんです。字が書いてあればいいんです。でも誰かが書かなくてはならない。で、僕が書いてるんです。

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)

 誰がやってもよいが、誰かがやったほうがよい具体的有用労働を拠出しつつ自己の再生産コストを最小限にする。それは目指すべきことだったはずだが、近づいてくると逡巡がある。生の実感はどこに生まれるのか。そんな思索を続けるうちに今年も終わる。

ダンス・ダンス・ダンス(下) (講談社文庫)

ダンス・ダンス・ダンス(下) (講談社文庫)