太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

他人のダブルスタンダードを叩きながら自身の行動を記録できるのは叩かれる価値すら発生しないという楽観に支えられている

Abandoned Detroit Auto Factory

ダブルスタンダード批判

宮崎元議員の不倫をボコボコに批判しておいて、自分も不倫に突っ走っていた。そして幹事長内定前の身体検査に「大丈夫です」と言ってしまっていた。そりゃダメですよお姉さん。

 この話はすごく分かるんだけど、自分がダブルスタンダードや自己矛盾がなかったかと言えばそれは難しい。どうしたってポジショントークにはなるし、そもそもの考え方が数日単位で変わっていく。過去のツイートを掘り当てて、昔は真逆のことを言ってたじゃんといわれれば、「はい、そうですね」としかいいようがない。

 「太陽がまぶしかったから」というブログ名は様々なコミュニティに馴染めないまま中途半端に関わり続ける異邦人として過ごしながら、「その時はそう思っちゃったんだから仕方がない」という思考回路について、いくら耳障りのよい自己言及をしても嘘になってしまう。だから、せめて「( アラブ人を殺害したのは、)太陽がまぶしかったから」とコミュニケーションの放棄を予め宣言しておきたいという意図がある。

セキュリティーホールの放置

 しかしながら、そんな分かりやすいセキュリティーホールを放置できてしまうのは、僕自身を敢えて叩くような価値もないという楽観があるためだ。ボロボロの自転車であれば、鍵をかけなくても盗まれない理論である。

ひょっとして、自分があまりにもぼっちすぎて、彼らが私にリーチできていないのではないかなんて疑い始めた
皆どのくらい勧誘された経験あるんだろう、統計とか欲しいわ

 どうしようもなくスキだらけなのに生きてこれたのは、そういう観点がある。いくらスキだらけであっても、偏屈な生活で交友関係が少ないからマルチ商法に誘おうとは思われないし、ましてや美人局なんてありえない。ダブルスタンダードを好き勝手に記録できるだってわざわざ他者から叩かれる価値すら発生しないという楽観に支えられているのだ。

蚊を潰したくなる動機の発生

「蚊がよ……ちょっと血を吸ったくれーで殺すだろ? 今、そんな気分。気持ち伝わった?」

 その一方で、蚊を潰すような悪意と、自身の価値発生は関係がなくなる瞬間も発生しえる。村上春樹が言うところの「 猫の手を万力で潰すような邪悪なもの」に対して、動機が発生しないという楽観は弱い。だからなんだという話ではないけれど、誰かのダブルスタンダードを責めるのであれば、少なくとも自身がダブルスタンダードに陥っていないかを確認したり、あらかじめ削除しておく必要がありますねと。