太陽がまぶしかったから

C'etait a cause du soleil.

山崎寿人『年収100万円の豊かな節約生活術』〜年収1億円のうちの9900万円で「自由な時間」を買っているのさ


貧乏生活本は数あれど

 貧乏生活本は数あれど、著者の山崎寿人氏は1960年大阪生まれ。2011年刊行の本なので既に50歳を超えているのが珍しい。ニートとして有名な id:pha さんや小屋やテントを建てて生活している毎年寝太郎さんなどの「オルタナティブな生き方」を標榜する方々の当事者は35歳前後が多いので「継続性がない」「このまま50になったら〜」といった批判が出がちなのだけど、その答えのひとつとなりえる。

 著者は東京大学を卒業して30歳までは大手で広報マンを務めたあと、「小説を書きたい」と会社を辞めてしまう。そこから再就職をしないまま20年間経って現在に至るとのことで、この辺の経緯も高学歴な彼らと重なる。

年収100万円とは?

 ここで言う「年収100万円」とは親が遺してくれたマンションの家賃収入(正確に言えば売却益を按分して切り崩している)という「不労所得」であり、かつ税引き後の「手取り」である。

 また先にネタバレをしておくと現金収入はないものの「ポイント」はそれなりに得ていたり、臨時収入を得るための仕事もしているそう。なので、厳密に言えば年収100万円ではないのだけど、それを前提として変動費を減らしていく方法を考えていく。

月3万円という制約の中で、「いかに幸福になれるか」を追求

 固定費は個々人の状況よって大きく異なるので著者の状況を前提に考えても仕方がなくて、あくまで変動費を削る部分が参考になる。「月3万円という制約の中で、"いかに幸福になれるか”を追求するゲーム」が提唱される。『レコーディング・ダイエット決定版 (文春文庫)』で紹介された話に似ている。

「離陸」段階で、自分のカロリー摂取量、好物のカロリーはだいたい把握できているはずだ。いかにそれを組み合わせれば、一日1500カロリーの食事になるか? これは一種のパズルゲームだ。
 ルールは簡単、
「摂取カロリーを毎日1500以内におさめる」
「できるだけだけ好きなものを食べる」
 この二つだけ。
 上限を頭に入れて、その範囲でいかに好きなものを、美味しく、楽しく食べるか。
 そう、これはヒッチハイクと同じだ。一日1500円以内でヒッチハイクしようと思えば、「朝ご飯は180円に押さえて、お昼は350円でカレーを食べて」などと、いろんな組み合わせを工夫することになる。


 僕自身も「手取り給料は15万円」という妄想を頭にインストールして生活しているのだけど、それをもっと進めた形だ。セツヤクエストを進めた先を考えるのに適したケーススタディである。そして「3万円」というのは『「メシを食う」という表現への違和感~月3万円ビジネス、社会化コスト、エンゲル係数を高める - 太陽がまぶしかったから』も連想されてくるため、この辺りのミームの強度は計り知れない。

健康やコミュニケーションと結びつく趣味

 著者の趣味は「料理」と「思索」である。「料理」については後述するとして「思索」については以下のような記述がある。

 この日四度ある【空白】をどう説明したものだろう。見渡す限りの野原に脳ミソを放しっぱなしにして、好き勝手にさせておく、いわば“〝脳ミソの自由時間”〟とでも言うべきか。思索、瞑想、妄想、何も考えない……何でもありなのだが、ただそれ自体、何か目に見えるような行為行動をしているわけではないので、【空白】としか表現できなかったというわけだ。ではこの日は何を考えていたの?――と訊かれると、正直弱ってしまう。ほとんど覚えていないのだ。


 とにかくぼーっとしているだけで、それを書き留めたり、文章化するつもりはまったくないという無為さを許容できるというのが健康を保つ秘訣なのかもしれない。僕自身もぼんやりしているのが好きではあるが、ぼんやりとした着想を結局は書き出してしまい、それなりに意味の通る話に編集しがちだ。でも本当は理路整然とした話を妄想しているわけではなくて、「思っちゃったんだから仕方ない」ってレベルの事からは変容している。

 また著者はほぼ必ず三食自炊をするそう。自家製パンや自家製ヨーグルトの軽食から、エスニックや中華などの本格的な料理を作ったり。もともとが食い道楽だった事もあり、美味しいものを食べたいという欲求が強いなか、収入は限定的であるため、「いかに安い食材で、豊かな食生活を送るか」を考えていくようなったのこと。

ホームパーティで孤独を癒やす

 そして料理を軸にしてコミュニケーションを得られるようにもなっていく。孤独な生活を楽しんでいるとはいえ、飲み会などに顔をだすのも難しく、社会的に成功していった友人たちに心配されたりする事も多かったそう。だったら料理の「研究発表会」としてホームパーティを開催して人を呼ぼうという塩梅。この辺りはシェアハウスのノリに近いかもしれない。

 そんな感じで料理好き、ホームパーティ好きな著者のこと。途中から料理本の様相になる。米の炊き方や肉の冷凍の仕方から節約レシピまで。素材については二級品を使って節約する一方で、調味料やハーブには拘ってプロらしい味を作ろうとする。要するに言えば合法的な食品偽装にゲーム感覚でハマっていくのだ。

 費用対効果を考えると食品偽装的な技術を高めるようになっていく一方で「指一本の角度の違い」を感じないように敢えて自分の感覚を鈍感にしていく必要もあって、「おなじようなもん」と言いながら拘るというジレンマがある。そこで「納得ずくの第三者に振る舞う」といった構図にすることで、そういった技術を高めることが身になっている。もちろん好奇の目も含まれてはいるのだろうけれど。

臨時収入の取得方法

 年収100万円とはいっても料理道具を揃えたり、本やCDを買うには足りません。それらは別枠で稼ごうとしています。この稼ぎ方にもルールがある。こっちで稼いでしまうと、「月3万円という制約の中で、"いかに幸福になれるか”を追求するゲーム」が崩れてしまうからだ。

  • 野放図に稼がないこと……目安として、(現金換算で)年20万円相当以内とする。
  • 基本的に現金で受け取らないこと……できる限り各種ポイント、商品券、図書券、割引券の類いに交換する。

 そうしてポイントサイトやヤマダ電機に毎日来店してスロットをしている様が描かれる。クリック地獄も「無の境地」で楽しいなんて書いているけれど、ちょっとうーむ。それこそブログで商品紹介でもやれば良いのになーって。

 そのほかに紹介されるのはミステリーショッパーや薬の治験、健康食品のモニターなどお馴染みのもの。ミステリーショッパーについては、あまりに知られすぎてしまって食事代が安くなる程度のが多くなったし、「昔はよかった」って話に近いのかもしれない。治験についてはリスク受容さえできれば今も昔も割の良い仕事だろう。

年収1億円のうちの9900万円で「自由な時間」を買っているのさ

 著者は東大卒で大手企業に勤めていたこともあり、上昇志向や何者かになりたいという思いが非常に強い生き方をしていていたそう。その事について「思えば遠くにきたものだ」と述懐する。「かくあるべき」「意味があるかないか」と言った事から自由になった事について、このように表現しています。

実際、僕がこの生活を続けているのは、ここには自由な時間が無尽蔵にあるからだ。言い換えれば、何もしないでよいことを、何より大切にして生きているのだ。  そんなわけで、金のことを心配して下さる方々には、冗談めかしてこう答えることにしている。 「実を言うと、年収は1億あるんだよ。そのうちの9900万円で“自由な時間”を買っているのさ。で、残った100万円で生活をしているというわけ


 消費された「自由な時間」は戻ってこないし、健康だってそうだろう。対処療法的にするアンチエイジングにも限度がある。どんな生き方をするのにしても幸福の形については逆説的に戻れない楔を打ち込んでいくことになる。ただまぁ、こういう感じの歳の取り方もあるというのにはちょっとした希望も感じる。